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評者◆内堀弘
『昔日の客』の復刊――山王書房店主・関口良雄が綴った、「奇蹟のような」小さな物語
No.2987 ・ 2010年10月30日




某月某日。夏葉社という小さな出版社から『昔日の客』(関口良雄)が復刊された。この本が最初に出たのは昭和53年だから、もう三十二年が経っている。
 著者の関口は東京郊外で山王書房という小さな古本屋を開いていた。文学書の蒐書で知られていたが、昭和52年、還暦を目前にして関口は亡くなる。山王書房も店を閉じた。
 当時の追悼の中に山王書房はこんなふうに描かれている。「思いがけない場所に小ぢんまりと、小綺麗に、粒よりの古書を並べた店があるのは、奇蹟のように思えた」(山高登)、「ひっそりとした小さな古本屋の第一印象は裏切られなかった……珍しい本にめぐりあへさうだな、と咄嗟に思った」(結城信一)。
 『昔日の客』は、こんな古本屋の、それこそ日だまりのような日々を綴った随筆集だ。だが、「思いがけない場所」にある「ひっそり」とした古本屋は、実はとても食べていけないものだ。
 私は昭和55年に、やはり郊外で詩歌書の小さな古本屋をはじめた。古本の業界も好景気だった頃で、バリバリ売っている先輩業者たちの言葉には遠慮がなかった。郊外には郊外のやり方がある、売れもしないものを並べるのは自己満足で、そんなものは商売じゃないと。
 『昔日の客』を読んでいると、この人は古本屋でいることが本当に嬉しくてならない。願うような古本屋をやれていること、それが本屋の儲けなんだよと云っているようだった。それを叶えるために、口に出せばつまらない意地で終わってしまうような想いを、まるで矜恃のように内に保っていた。軽妙な語り口の向こう側にある凛とした姿勢に、私は何度も励まされたように思う。
 山王書房は、関口が編んだ「奇蹟のような」小さな物語だった。老舗でもなんでもないこの物語は、それでも三十年以上の間、絶えることなく読まれ、語り継がれてきた。それが復刊される。この小さな版元の心意気も、新しい「奇蹟のような」物語のはじまりなのかもしれない。
(古書店主)







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