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評者◆秋竜山
なぜ喫茶店がなくなったのか、の巻
No.2985 ・ 2010年10月09日




 かねて、一度やってみたいことは、一般の家の、つまり、ふつうの家のふつうの座敷を、たずね歩いてみたいということだ。家人に「どーぞ、どーぞ」と、いわれながら座敷へ通される。キョーシュクしながら座敷に座る。座敷というから、どこの家の座敷も同じように思えるのだが、けっして同じではなく、違う。家の主人が違うように、同じように座敷も違ってくる。その面白さ。泉麻人『東京ふつうの喫茶店』(平凡社、本体一五〇〇円)を書店でみつけた時、座敷もいいが喫茶店もいいなァ!! と、思った。二十代、三十代と、毎日喫茶店へいった。だいたいが都心の喫茶店である。本書の目次をみると、まさに喫茶店そのものであり、著者の喫茶店好きがよくわかる。〈第1章 仕事の合間のおさぼり喫茶〉とある。私の場合は、仕事のための喫茶店がよいということになる。喫茶店の椅子に座って、一杯のコーヒーで、ねたり起きたり、メモ用紙にラクガキしたり。漫画のアイデアを練っている時間であった。時には出版社の編集者との待ち合わせ場所にもなった。喫茶店にいる時間でなにが一番たのしいかって、漫画のことで時間をすごせたということだからだ。
 〈巷にカフェは増えたけれど、昔ながらの「喫茶店」はめっきり減ってしまった。カフェラッテやらエスプレッソマキアートやらを紙コップのフタの小穴から、チューチュー吸いながら町を歩くのもたまにはいいが、中年男としてはかつて「サテン」と呼んでいたような店の方がおちつく。〉(本書より)
 その通りです!! と、中年は叫ぶだろう。中年に限らず、老年も同じ意見だとテーブルを叩くかもしれない。本書は東京の喫茶店歩きを集めたものである。
 〈いつか、喫茶店を軸にした東京散策エッセーのようなものを書いてみたいものだ……と思っているとき、「読売ウィークリー」誌から連載の話をいただいて、このエッセーはスタートすることになった。「読売ウィークリー」は休刊になったため、その後連載は平凡社のウエブに引き継がれた(読売時代のものは1200字、平凡社時代のものは1600字、後者の方がちょっと長い)。〉(本書より)
 喫茶店に入ると必ず珈琲がだされる。注文するからでるのであって、別のもの、たとえばレモンスカッシュなんていうと、それがだされることになるのだけれど、
 〈ちなみに僕がこの喫茶店探訪で基準にした「いい店」とは、単に「珈琲がウマい」というだけではない。もちろん、珈琲の味も一つの要素だが、佇まいに魅かれた店、店主の人柄、語り口に興味を覚えた店、それとなく聞えてきたお客の会話、窓越しに見える町並…〉(本書より)
 よく考えてみると不思議だ。いや、ちっとも不思議ではないだろう。その店、その店によってだされる珈琲の味が違うということであった。百の店へいったら百の味の珈琲の味がするということである。もし、インスタントコーヒーをだされたとしたらどーか。毎日、自分の家で飲んでいる銘柄であったとしても、店のものと家のものとでは、あきらかに違う味がする。それを私は、だまされているとは思わない。味が違うと思うからそれでよいのである。それにしても、いま喫茶店が、なぜ、なくなってしまったのだろうか。







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