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評者◆神山睦美
人間精神のあり方を根本的に問いかけた「枢軸時代」の思想家たち
No.2985 ・ 2010年10月09日




 『歴史の起源と目標』においてヤスパースは、紀元前五〇〇年を前後する時期に東西の五つの地域において、人間精神のあり方を根源的に問いかける思考が現れたという考えを明らかにしています。それはたとえば中国における孔子であり、インドにおける仏陀であり、イランにおけるゾロアスターであり、パレスチナにおけるイザヤ、エレミアであり、ギリシアにおけるヘラクレイトス、ソクラテスです。彼らの思考の特徴をなしているのは、人間はどこから来てどこへ行くのかという問いかけなのだが、それは、この紀元前五世紀を前後して、歴史における最初の限界状況というものが人間をとらえたことの現れなのであるとされます。
 人間は、幾多の精神的闘争や論議、分裂、党派形成を経験するなかで、世界に対する畏怖と自己の無力とを徹底的に味わわされた。その混乱のなかから彼らの思考はあらわれてきたのであり、結果としてそこには、そのような限界づけられた状況から、人間はいかにして脱し、みずからを救うことができるかという問題がさまざまなかたちで問われることになった。儒教における仁・義・礼・智・信、仏教における涅槃、ゾロアスター教における生命・真理・光、ユダヤ教におけるメシア、そしてギリシア哲学における叡智と覚醒、これらはすべてそのような課題を負わされた人間の指標なのである。
 そう述べることによって、ヤスパースは、このような人類の自我の目覚めともいうべきありかたが、たがいに異なった地域で多様な様式をもって現れた時代を「枢軸時代」という名で呼びます。この枢軸時代を、たんに人類史上最も優れた思想家が輩出した時代とみなしているのではないことはあきらかといっていいでしょう。このまったく新しく現れた精神的世界には、ある社会学的状況が対応しているからです。すなわち、無数の小国家や都市が歴史上はじめてのように鼎立し、ことごとく闘争し合う。窮乏のための奪い合いというのではなく、驚異的な繁栄と、力と富の展開が可能になったがゆえに、たがいに優勢に立とうとして闘争することをやめない、いわば戦争が常態であるような社会です。
 破局を眼のあたりにして、困難を切り抜けようとする者たちがもとめたものこそ、この枢軸時代を画する思想家たちの思考にほかなりません。それらを特徴づけるのは、人間と世界に対して抱かれた根本的な不審の思いにもかかわらず、どのようにすれば、人間はあるべきすがたにいたりつくことができるかという関心です。そのために、彼らは国家と国家を巡り、共同体から流離し、ときには幽閉され、さまざまなものたちと角逐しながらも、みずからの思考を展開することをやめませんでした。そしてこのような思考は、これを境にして、メシアとしてのイエス・キリストをはじめとする新しい歴史の時代の思考へと受け継がれていったとされます。
 このようなヤスパースの思想が、第二次大戦における大量死という現実を前に、あらためて戦争とは何かという問いを深く問うていったところにうちたてられたものであることを、まずは確認しておかなければなりません。その上で、ヤスパースのいう枢軸時代の思想家というのが、藤無染や鈴木大拙によって挙げられた仏陀や基督をはじめとする古代の宗教思想家に通ずることに注意するならば、彼らのなかに生きていたのは、このような解体と再生をくりかえしながら破局へと突き進んでゆく世界を前にして、いかにすれば人間はあるべきすがたにいたりつくことができるかという問いだったということが分かります。そして、折口が藤無染から受け取ったものこそ、この問いであったということができるのです。
(文芸批評)
――つづく







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