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評者◆志村有弘
怪奇小説と漂流譚――井本元義と鰺沢圭の怪奇現代小説(「顔」、「壮吉の舞い」『胡壷・KOKO』)佐藤駿司の怪奇時代小説(「骸御前」『半獣神』)、笹沢信の漂流小説(「ヲロシャ国漂流譚」『山形文学』)、堀江朋子の矢田津世子と佐伯郁郎の交流を描くエッセイ(「矢田津世子の手紙」『文芸復興』)
No.2981 ・ 2010年09月11日




 怪奇小説の夏である。「胡壷・KOKO」第9号掲載の井本元義の「顔」と鰺沢圭の「壮吉の舞い」の怪奇性を帯びた短編小説に注目。「顔」は七十歳で妻を亡くした男が会社を売り払い、パリに一軒家を借りて音楽を聴き、絵を描き、美食の日々を送り、家政婦と関係を結ぶ。そして、一枚の絵を持って帰国するのだが、絵には家政婦の顔に似たものが滲み出る。寺の住職の勧めに従い、読経の後に焼却してもらった。ところが住職は原因不明で急死し、男はそれをうらやましいと思うという内容。何の目的もなくなった男が最後に自分の心のおもむくままに行動する。男は住職に自分の〈死〉を奪われたと考え、落胆したのであろう。「壮吉の舞い」は「私」の舅壮吉の幽霊譚。壮吉が八十四歳で死んだ。やがて猫くらいの大きさで壮吉が現われ、踊ったりする。最後は夫の目の前で踊ると、以後姿を現わさなくなってしまう。「あの世とやらに加えてもらっただろうか」という文で終わる。他愛がないといえばそうなのだが、「私」の優しい人柄と、壮吉の頑固な風貌がよく描かれている。軽妙な文体で展開する明朗幽霊譚である。
 佐藤駿司の「骸御前」(半獣神第89号)は奇怪な物語。嵐に遭遇した絵師が泊めてもらった屋敷のあるじから妻の死に顔を描くように頼まれる。描き終わると、絵師はあるじと共に妻を埋葬する。だが、あるじもあるじを迎えに来た妻(幽霊)もその身は絵師の目前で朽ち果ててしまう。物静かな語り口調の文体が、不気味な雰囲気を作り上げている。
 黒木一於の短編「雪の朝」(コスモス文学第374号)は赤穂浪士との戦いで最期を遂げる清水一角の姿を無駄のない文体で描く。
 笹沢信の中編「ヲロシャ国漂流譚」(山形文学第99集)は尾張の船乗り小栗重吉が嵐のために漂流し、他国の船に救われて、ヲロシャ国領などを巡り、帰国後、尾張藩に召し抱えられたものの、やがて行方不明となってしまう。ストーリーの展開がやや単調な感じもするが、死と背中合わせの緊迫した状況がよく描き出されている。力作である。
 「九州文學」第530号から連載していたおおくぼ系の「海紅豆の秋」が532号で完結した。鹿児島を舞台に国際交流・交易センターの立ち上げ、沖縄島経済独立構想などを軸に四十代の人物が次代を見据えて奮闘する規模雄大な作品である。
 エッセイでは堀江朋子の「矢田津世子の手紙」(文芸復興第122号)が労作。奥州市の人首文庫所蔵の佐伯郁郎宛矢田津世子書簡を資料として、二人の交流、津世子の生きざま、人間像を考察する。武田麟太郎と津世子のあいだには師弟関係だけでなく「恋愛めいた感情」が存在したこと、津世子と坂口安吾や島村五郎との恋に触れる。十三歳年下の島村との恋から、津世子は「賢く優しく調和を好」みながら、一方で「男に媚態を示す妖婦性」があったと指摘する。だが、彼女が命を賭けたのは男でも家族でも友人でもなく、文学であったと論じる。郁郎の津世子宛書簡が残っていない理由、郁郎が内務省警保局・情報局に勤めたものの、「魂は詩人であり続けた」と述べる堀江の優しさが印象的だ。矢田の生家跡の探訪など、丹念な研究姿勢にも好感が持てる。なお、「文芸復興」同号掲載松元眞の連載「「昭和」を生きた作家竹森一男」も純文学と大衆文学のはざまに生きた竹森一男の姿を近親者の証言などから追究していて興味深い。
 同じくエッセイでは、「群系」第25号が夏目漱石と村上春樹の特集を組む。永野悟の「1Q84」(村上)論など示唆に富む論考が見られ、また、足利時代を舞台とする柿崎一の連載小説「義材と義澄」も掲載されていて、評論・創作両面の努力は特筆に価する。
 清音読書会が『松原敏夫資料集』を刊行した。中脇紀一郎が軸となって、個人雑誌「ふらて」や同人誌に独自の作品を書き続けた松原敏夫の資料を小冊子の形で編んでいる。読書会の成果を示すものらしいが、松原のように文壇の表舞台に出ずとも、真摯に書き続けることの大切さを痛感。貴重な資料である。
 詩では「さが連詩」第4号が「風」をテーマとして各組七人がリレー形式で詩を作る。前者の使用した言葉などを踏まえて詩を作成するのだが、連句・連歌の手法を踏襲した一つの文学のあり方として興味を覚えた。詩とエッセイを掲載する「海蛍」第3号は、まだ創刊して間もないけれど、梅の樹の「母」性を詠む朝倉宏哉の「梅」、塙保己一・宮城道雄など目の不自由な天才たちの才能を指摘し、悠々と自在に生きることの大切さを説く鈴木俊の「眼を閉じる」、絵唐津茶碗松島の美を鋭く詠む大掛史子の「余白」など、優れた詩を掲載している。
 短歌では、「青遠」第126号の歴史・古典逍遥とでも称すべき作品、父母を念ずる歌が目についた。横山恵子の「南無阿弥陀仏父の墓前に向かふとき緋色の光まなうらに満つ」、社家チヨ子の「虎落笛一夜鳴る夜は父のこと母のことごと夢の細ぎれ」、そして藤井冨美子の「妻となり四十年余今日夫の柩を撫づる薫風に哭く」の歌が悲しい。「玉ゆら」第29号掲載秋山佐和子の「七年を石原純と暮らしたる保田の丘べに菜の花の咲く」など原阿佐緒に思いを馳せた一連の歌が心に残る。
 「異土」(創作・研究)と「香雲」(短歌)と「五七五」(俳句)が創刊された。同人諸氏の健筆を期待したい。「荒栲」第25号が竹山広、「大衆文学研究」第143号が石川弘義、「日本未来派」第221号が天彦五男の追悼号。ご冥福をお祈りしたい。
(文芸評論家・八洲学園大学客員教授)







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