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評者◆神山睦美
千年王国主義や革命的ユートピアニズムが生まれる理由とは何か
No.2979 ・ 2010年08月28日




 シュミットの例外状況やフーコーの生権力、アガンベンの回教徒といったことが問題として論じられるのは、そのためといえます。笠井さんはそのような最低の場所に置かれた人間のあり方を再帰的動物という言葉であらわすのですが、現在の社会が、「かぎりなく死に近いところで、生きるままにしておく」力をどこかに温存しているかぎり、これを転覆する力がくわえられなければならないと考えているといっていいでしょう。そこに千年王国主義や革命的ユートピアニズム、黙示録的情熱の生まれる理由があるといえます。
 こういう笠井さんの立場をアナーキズムとかリバタリアニズムといってもいいのでしょうが、『例外社会』を読んでいくと、そういう規定には収まりきらない社会思想的叙述が随所に見られます。たとえば、千年王国主義が、一方において独裁政治や恐怖政治をもたらしてきたことについては、この連載でも何度か指摘してきました。ミュンツアー、クロムウェル、ロベスピエールというラディカルな革命家を例に挙げて、彼らのなかの急進主義が、苦悩する民衆の救済を目指すものでありながら、一方で、彼らのルサンチマンをいかに処理するかについては不問に付したままであるため、結局は、恐怖政治や独裁政治の入り込む余地を残してしまったといった具合にです。
 しかし、笠井さんは彼らのなかにみられるメシアニズムやユートピアニズムが、産業革命を促した資本の本源的蓄積と独立自営農民のプロレタリア化、そこに生ずる労働市場の流動化と決して無縁ではないことを指摘します。それは、世界航路の発見を機になされた新大陸における先住民の搾取やアフリカにおける黒人奴隷の徴用とも繋がるとされます。それらが、世界資本主義を発展させるための原動力となったのだが、一方において、一九世紀の帝国主義へといたるにしたがい、搾取され、流民化する層の増大に拍車がかかることになった。そこに、ボルシェビキ革命に象徴されるような、抑圧からの解放を目指す千年王国主義の出現が画されることになったとされます。
 こういう見取り図を描いてみるならば、ミュンツアーのドイツ農民戦争も、クロムウェルのピューリタン革命も、ロベスピエールのフランス革命も、民衆の流民化・奴隷化をいかに阻止し、人間としての権利を獲得していくかという目的をもって進められたもので、その精神は、レーニンのボルシェビキ革命にまで受け継がれてきたということになります。そこには、シュミットの例外状況やフーコーの生権力、アガンベンの回教徒に象徴されていくような人間の再帰動物化が、近代という時代の幕開けから進んでいたという認識があります。いってみるならば、大審問官がスペイン、セビリアに現れた一六世紀初頭の時代から、そのような状況は起こっていた。したがって、笠井さんのいう千年王国主義や革命的ユートピアニズムは、このような状況が、市場原理主義に支配された資本の動きと、グローバル化された世界帝国とのなかで逼迫化を進めていくかぎり、いかなるかたちもとりうるといえます。
 イスラム原理主義によるテロリズムも、日本社会を震撼させた秋葉原事件や池田小児童殺害事件も、すべてそのような状況認識のもとにとらえられなければならないということになります。そこには、テロリズムや動機なき殺人というものに対する、あまりにイノセントな見方が投影されていはしないかという疑問も、なきにしもあらずです。しかし、笠井さんのうちの黙示録的情熱は、そこにおいてむしろ噴出するといっていいので、それを、複数性や共通性といった理念に対して「複岐する実存」と名づけるところには、どのようなテロリズムも革命理念も実存の課題をなみし、集合化するとき、結局は、この黙示録的情熱を抑圧することになってしまうという警告がこめられているといえます。革命的ユートピアニズムや千年王国主義が、レーニンのボルシェビキ革命を、まさに複岐する実存の形態として永続化していったならば、その後のスターリニズムの芽はなかった。にもかかわらず、政治の力学は、そのような実存の氾濫を、党派的観念へと堕せしめてしまう。もしロベスピエールに象徴される独裁政治、恐怖政治に問題があるとするならば、そのような党派観念へと頽落していく革命理念にあるというのが、笠井さんの考えといえます。
(文芸批評)
――つづく







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