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評者◆内堀弘
月の輪書林の古書目録――まるで一冊の物語のよう
No.2977 ・ 2010年08月07日




 某月某日。月の輪書林の古書目録『特集太宰治伝』が届いた。副題に「津島家旧蔵写真函解体」とある。
 三年ほど前、古書の入札会に太宰治の実兄津島文治旧蔵の「写真函」というものが出た。古い生写真が詰まっている大きめの木箱で、月の輪書林はこれを思い切った値段で落札し、以後の三年間、まるで引きこもりのように写真と向き合った。
 月の輪書林は際立った古書目録を作ることで知られる。新しい号が出来上がると「凄い凄い」と絶賛されるが、私は同業者で人一倍心も狭いから、中にはさほど面白くもない号もあった。しかし、この古書目録は凄い。
 古書目録、つまり古書の販売リストだから、もちろんこの写真も売り物で、そこから連想(いや妄想か)される古書が3700冊ほども並ぶ。といっても、書名と価格が並ぶだけではなくて、これが真骨頂なのだが、それぞれの古書に膨大な解題、引用が添えられる。これを読んでいるとまるで一冊の物語のようだ。
 古書の世界で太宰治は人気はあって、もちろん「知られざる作家」ではない。初版本や自筆物は昔からのコレクターズアイテムで、研究書も山のように出ている。いまさら「太宰治伝」でもないのだ。この古書目録には、見たことがないようなレアな初版本や自筆原稿が載っているわけではないし、それどころか太宰治の著作はほとんど載っていない。それでも、親族の古い写真と、厖大な引用や証言を手がかりに、太宰治は少しずつ姿を現す。これが奇妙なのだが、そこでの太宰治は、もしかしたら「いたかもしれない」、いや、たしかに「いたはず」の無名作家のような貌をしているのだ。
 だから、この一冊を読み終わると「太宰治伝」というタイトルはなるほど秀逸だと思う。こういう言い方が適切なのかはわからないが、物の用から離れたところの面白さが存分に引き出されている。きっとそれは古本屋という仕事の面白さそのものなのだ。ただ、一冊の注文をしなくても「面白い」と堪能できる古書目録が成功かどうかは、また別な問題だが。
(古書店主)







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