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評者◆たかとう匡子
戦後詩の生々しい話題を語る(平林敏彦、長谷川龍生、三浦雅士のフリートーキング『火の鳥』)、フランス人の妻からみた日本人の主人公の曖昧さ(豊田一郎「イルミナシオン」『孤愁』)
No.2973 ・ 2010年07月10日




 「火の鳥」第23号(火の鳥社)は60年から70年代にかけて独特なビート詩を書いた支路遺耕治を追悼する特集号を出してから10年ぶりの発行。その号も、半ば消えかけた詩人を徹底してその価値観を問うという面白い特集だったが、今回10年ぶりにあらためて気がついたのは、戦後詩人である平林敏彦を中心に据えたことで、また別な厚みを増したことだった。その平林が『戦中戦後 詩的時代の証言』という戦後詩の回想録を出したのをきっかけに、長谷川龍生、三浦雅士を加えてフリートーキングを特集している。ご存知のとおり第二次「ユリイカ」を編集した三浦雅士と戦後詩の代表詩人のひとりである長谷川龍生のおかげで、生々しい戦後の話題がざっくばらんに語られていて面白かった。平林敏彦は「今日」という雑誌をやって「荒地」と「ユリイカ」のあいだをつなぐ仕事をしているが、長谷川龍生がそこに加わっていたのは知らなかった。「列島」の詩人がなぜ「今日」に加わったのかなども興味ぶかい。
 「名古屋文学」第27号(名古屋文学の会)佐山広平「眠れる美女私論――エロチシズム幻想」は川端康成の晩年の作品『眠れる美女』と代表作『雪国』を「異相の世界」で結びつけてそこに川端文学の特質、個性をうつし出そうとした好エッセイ。佐山のいう「異相の世界」は、私の感じでいえば『雪国』の「雪中火事」のシーンなど彼岸幻想として理解できた。ふたつの作品内部に入り込んで丹念に汲みあげており、こういう読まれ方には共感したい。
 「十三日会」第25号(十三日会)はかつて青土社の社主であった故清水康雄の提唱で1975年に始めた文学サロンの会を、清水の亡くなったあとも参加者の有志でつづけていてそこから出している雑誌。中川敏「立原道造の彷徨(六)――立原道造と伊東静雄」は、私は(一)~(五)は読んでいないが、それなりに詩を書くひとりとして関心を持って読んだ。立原は晩年関西旅行をしており、足をのばして伊東静雄の生地の長崎まで行った折、その伊東に「立原道造君と私」の短い文章が残っていることは私も知っている。昭和10年代の難しい時代に抒情性の高い水準を示した二人だけにこれも興味を持って読んだ。初めから目を通せる機会があれば私の勉強にもなり、うれしい。
 「すとろんぼり」第8号(すとろんぼりの会)は毎号愛読している。松原新一「佐多稲子ノート(5)」の佐多稲子は戦前のプロレタリア文学を担ったひとりで、戦後は「新日本文学」や婦人民主クラブの活動も展開したが、私にも身近な作家のひとりであった。ここでは政治史的な読み方ではなく、佐多稲子の作品を読みこんで作品からその生きた時代を追究する。女性らしいこまやかな表現のひとつひとつに歴史があるといっていいだろう。同時にそこに文学の価値がある。とりわけ佐多稲子のばあい、丹念に生活体験を私小説風に書いているから、そこにかもし出されるリアリティには独特な味があり、そこを松原新一が追体験するというふうに書いているのも面白い。
 「孤愁」第7号の豊田一郎「イルミナシオン」はフランス人のスチュアーデスと通信社記者のカップルの恋愛と結婚を描いた私小説風の作品。はじめてパリでデートしたとき、主人公の私はわけもなくアジア系の若者に殴られるという出来ごとがあった。やがてふたりは結婚して日本で子どもを一人生むが、成長するにつれて妻はフランスで教育を受けさせたいという。なぜかといえば、かつて殴られたとき告訴しなさいと言ったのに黙っていた主人公の曖昧さが許せないという。ここに中野重治が『歌のわかれ』のなかで主人公の内面を突きつめるかたちで書きとめた「佐野の無礼は許せるが、佐野の無礼をお前が許すことは許せぬ」と言った言葉をはさむことで、この小説のモチーフはよくわかる気になった。
 「午前」第87号(午前同人会)の明石善之助「美しかりし兜屋小町」は痴呆症の妻を看病する老老介護の話。タイトルはフランソワ・ヴィヨンの詩に触発されたロダンの老女のブロンズ像に「美しかりし兜屋小町」があると言うから、そこからきているようだ。作者は俳句や彫刻に興味があるらしく、圧倒されながら読んだ。心境小説だが、年がいって男が女を看病する微妙な難しさをこの小説をとおして感じとった。
 「雑記囃子」第10号(グループJ-MAP)の稲葉祥子「あるいは、妹」は隣りに住むロシア人のワシモフがかつて母親と関係があって母親はどうやら中絶したらしいと伏線を冒頭におく。主人公が妻子のいる同僚と恋愛して妊娠し、中絶するために産婦人科にいこうとすると、かつてのあるいは妹が現われて話をするなかで思いとどまる。なかなか器用で、伏線がみごとに生かされて、実に書きなれた筆さばきだ。
 「笛」第252号(笛の会)の井崎外枝子「『新編濱口國雄詩集』をめぐって――濱口詩の真髄を、後世に伝えたい」は今回の新編刊行で表記や初出号数、原文とのズレなど細かい点を訂正したという大事な問題を提起した。私たちもこういうことがないようにしたいものだ。
 「Messier」第35号は長年読んできたけど、書いておきたいのは雑誌のスタイルが変わったことである。詩誌の中に散文をたくさん取り入れている。この種の試みもあって新鮮だ。(詩人)







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