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評者◆稲賀繁美
世界のセザンヌ効果を検証する 中 :共鳴 Russia and Global Cezanne Effect 1900‐1950 (March 26‐28, 2010, Boris Yeltsin Presidential Library)
No.2972 ・ 2010年07月03日




(承前)日本では横浜美術館ほかで、『セザンヌ展 Cezanne and Japan』(1999‐2000)、『セザンヌ主義:父と呼ばれる画家への礼讃Homage to Cezanne』(2008‐09)のふたつの充実した展覧会が10年の間隔を経て開催され、また『白樺派の愛した美術 Shirakaba‐Pilots of Art in Modern Japan』(2009)及び『躍動する魂のきらめき 日本の表現主義Expressionist Movements in Japan』(2009) という精密な歴史復元を企てた企画が各地を巡回している。いまさらセザンヌでも『白樺』でもあるまい、との声もあろう。だが百周年を迎えて、雑誌『白樺』を舞台とした「セザンヌ効果」に、ようやく国際的な寸法の再評価を与える時期が巡ってきたようだ。
 端的に言って、モダニズムを、西欧の中心源から世界各地への一方的な派生として説く物語は、終焉を迎えようとしている。むしろ西欧で発生した地域的現象が世界各地で呼応する連鎖反応を惹起しえた文化状況をこそ、モダニズムの実相として再定義すべきではないだろうか。そう見れば、ドイツはブレーメン近郊のウォルプスヴェーデの藝術村のフォーゲラーも、そこを出発点にパリに出てロダンの秘書となった詩人リルケのセザンヌ評価も、ロンドンはブルームズベリー・グループにおけるロジャー・フライのPost‐Impression‐ism展も、さらにはミュンヒェンでの『青騎士』やカンディンスキーの『藝術における精神的なもの』も、白樺と同時代の相互共鳴現象として理解できる。従来の『白樺』史観は、日本での流行現象を、辺境での後発的出来事、受け身の「影響」として、あまりに矮小化し過ぎてきたのではないか。
 実際、ハインドがグラフトン画廊で企てた展覧会(1910)をいち早く「後印象派展」として伝えた(1912)のは柳宗悦だったが、そこで柳が下敷きに使ったルイス・ハインドの著作はマイヤー=グレーフェ経由のドイツ表現主義によるセザンヌ理解を受け継いでいた。このドイツの美術史家はゴッホ、ゴーガン、セザンヌらの「表現主義者」の「筆勢」に注目していたが、これはそもそも日本趣味の墨絵理解を前提としていた。 一方、『白樺』と「絵画の約束論争」を起こした木下杢太郎が通訳を務めたドイツの東洋美術史家、クルト・グラーザーは、外国人として初めて富岡鐵齋に会い(1912)、セザンヌと鐵齋とに美学的な共通性を見いだした人物だった。
 さらに1913年のアーモリー・ショウに取材したアーサー・ジェローム・エディーは『立体派と後印象派』(1914)で「生動」を引き合いに出し、これらの西欧前衛は日本人にとっては官展派よりも遙かに理解が容易だ、と解説してみせる。『青騎士』は機関誌に浮世絵などの東洋美術を掲載していたが、その一員カンディンスキーの『藝術における精神的なもの』(1913)刊行直後に、杢太郎がこれに敏感に反応する。そこに説かれる「内的な響き」は、第一次大戦後の1922年、園頼三によって、「気韻生動」と通底するものとされ、伊勢専一郎はテオドール・リップスの感情移入の美学も、中国六朝の謝赫により1400年前に「論破」された、と主張する。
 このように当時の日本では、英独仏の最新情報が着実に咀嚼され、それらが東洋の伝統とも対比されていた。当事者たちは、泰西の最新流行に追い付こうと夢中なばかりだったが、現時点になって翻ってみれば、当時の地球上でこうした情報が交叉し反芻されていた場所は、東京や京都を措いてほかにはなかったはずだ。
 1916年にノーベル文学賞を東洋人として初めて受賞したタゴールが活躍していたカルカッタでは1922年にカンディンスキー展が開催される。『1913年』という同一年で地球を輪切りにする企画が、かつてフランスで刊行されたことがあった。その問題設定を今一度刷新すべき頃合いだろう。東西の相互交渉のなかで、西洋の覇権に美的に対抗しうる東洋という観念が成熟を迎える転換点が、まさに1922年という年のことだった。そしてその中核を担う画家がセザンヌだった、といって過言でない。
(以下次号)
(国際日本文化研究センター研究員・総合研究大学院大学教授)







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