書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります

【重要なお知らせ】お問い合わせフォーム故障中につき、直接メール(koudoku@toshoshimbun.com)かお電話にてバックナンバー・定期購読の御注文をお願い致します。

評者◆志村有弘
歴史小説と歴史劇に力作・佳作が――足利公方の息子を描く木夏真一郎(「銀龍の淵」『たきおん』)、新撰組の暗殺者に視点を置く逆井三三の歴史小説(「宿命の暗殺剣」『遠近』)、処刑直前の武田耕雲斎の義士ぶりを示す賈島憲治の歴史劇(「水戸天狗党物語」『創造家』)
No.2970 ・ 2010年06月19日




 歴史小説・時代小説・歴史劇の力作・佳作が目についた。木夏真一郎の「銀龍の淵」(たきおん第65号)は足利公方の次男義明の清廉で、若々しい武者ぶりを描く。関東が公方派とその息子である嫡子派とに分かれる中、義明は父にも兄にも敵愾心など毛頭なく、「皆が睦まじく暮らせるようにすること」を願っている。北条早雲との緊張感漂う対面の場など、重厚な歴史小説を作り得ている。
 逆井三三の幕末歴史小説「宿命の暗殺剣」(遠近第39号)は、一橋家に仕える武士の家に生まれた大石鍬次郎の生涯を綴る。鍬次郎の父は貧しく、いつも内職をしていた。小姓となった鍬次郎は若君一の輔や同輩から疎んじられ、出奔して新撰組に入った。そうして土方歳三の命令で伊東甲子太郎をはじめ次々と新撰組内の粛清のため、幕府に敵する者たちを殺害し、最後は斬首される。浪士調役大石鍬次郎の虚無的な風貌・人生哲学がよく描かれている。鍬次郎の兄は新撰組隊士に斬殺されているのだが、次回にはこのあたりを書いてほしいと思った。
 荒海新太郎の「化けるかもしらじ」(コスモス文学第371号)は、蕪村とその娘を描く短編小説。蕪村の娘が嫁いだ柿屋は吝嗇で、嫁ではなく使用人として扱おうとした。見かねた蕪村は娘を家に引き戻した。柿屋に娘はもう返さぬと拒否する蕪村夫妻の毅然とした姿。蕪村父娘の情愛が美しい。
 武野晩来の時代小説「御道固」(青稲第84号)は、和宮下向のおり中山道警護を命じられた岩槻藩の武士田口完治(二十一歳)の謹厳実直な風貌がよく描かれている。作品は重厚な文章で展開し、やや面白みに欠けるものの、力作である。警護の任務は滞りなく終わるのだが、最後のねぎらいの場に松葉八十吉の姿がなかった。これは、空しい武士のしがらみを捨て、知り合った一膳めし屋で働くおゆきのもとに奔ったものであろうか。時は幕末。八十吉が出奔しておゆきのもとに身を隠したとしても、この先なにごともあるまい。一方、完治は母と妹二人を抱えてどうなるのか。なまじ完治が謹厳で不器用であるため、そうしたことも考えさせられた。
 賈島憲治の「水戸天狗党物語」(創造家第17号)は、幕末の岐阜を舞台とする歴史劇。天狗党には武田耕雲斎や藤田小四郎のように農民を大切にし、あるべき武士の姿を示す者がいる反面、裕福な商人から軍資金と称して金を巻き上げようとする者もいる。耕雲斎らが敦賀で斬首される直前に時間を合わせている。いささか盛り上がりに欠ける憾みもあるが、人の心の優しさが光る。なお、この作品は昭和六二年に一度上演されたものという。
 滝沢達郎の「愛憐無限」(たきおん第65号)は蓮如を描く三幕戯曲。蓮如は六十二歳までに三人の妻を迎えたものの、妻は次々とこの世を去っていった。蓮如の宗教哲学を示す場は少ないが、いわば初恋の女性というべき人の遺児豊乃と結ばれるところに作品の面白みがある。紙数との関連もあるのだろうが、豊乃を簡単に死なさずに、この部分にもう少しスペースを割いて欲しいと思った。
 現代小説では小畠千佳の「じごくのやかた」(あるかいど第40号)が面白い。〈じごくのやかた〉(地獄の館)とは、死体焼き場のこと。小学二年の私は東京から転校してきたヒナに誘われて〈じごくのやかた〉へ行った。ヒナは幼い子が荼毘に付されることを知っていて、その死体を見ようと思っていた。死んだ幼子は小学校入学前に交通事故で命を落とし、その子の父親は私の黄色い帽子を取って亡き子に被らせようとした。私は蜜柑を男に投げつけ、足を踏みつけ、帽子を奪い返すと辛うじて逃げ出すことができた。歳月が流れた。私は蜜柑を食べることができなくなっていた。少女時代の体験が心に深く根を下ろす。私は死んだ子の父親に棺桶の中を見せつけられるのだが、少女の激しい恐怖心と場面の緊迫状況が巧みに表現されている。
 小野田多満の童話「おやこ狐とおやこ地蔵」(婦人文芸第88号)は、戦後間もないころの北の寒村が舞台。心優しく信心深い作造爺さんは狐を助けたときに大怪我をした。人間に化身した狐親子が危急を駐在に知らせた。しかし、作造の体は次第に弱り、死を迎える。作造に恩返しをする狐親子、作造を何とか助けようとする駐在、親切な村人。狐親子は作造が帰りを待ち焦がれているお美代と正太の姿を示し、作造は満ち足りた気持ちで死んでゆく。登場するもの全てが善意に満ちている。心温まる作品である。
 エッセイでは、前之園明良の「長い残余の生(三)」(酩酊船第25集)が前田純敬との交流を綴る。島尾敏雄・富士正晴・久坂葉子らの名前が記され、前田の心裡に鋭いメスを入れており、時には破天荒とも思える前田の言動が活写されている。
 俳句では仲真一の「葦平忌高塔山に雪の舞」(響第285号)に『麦と兵隊』の作者火野葦平を思い、中園倫の「花散るや金色堂の月見坂」(新現実第104号)に八百年前の義経・弁慶を思い浮かべた。短歌では黒澤勉の「新アララギ」第十三巻第四号掲載「『遠野物語』出版されて百年目座敷童子よ河童よ出でよ」に柳田國男を思い、桑田靖之の「未來」第699号掲載「庭深く 冥府通ひの井戸 秘めて鳥辺野六道珍皇寺 雨」に平安時代の謎の文人小野篁に思いを馳せた。
 「北斗七星」が創刊された。同人諸氏の健筆・発展を祈念したい。「あふち」第65巻第2号が加藤嘉市、「COALSACK」第66号が遠藤一夫、「新現実」第104号が牧野徑太郎、「東京四季」第98号が水谷清、「響」第285号が山崎尚子の追悼号(含訃報)。ご冥福をお祈りしたい。
(文芸評論家・八洲学園大学客員教授)







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 マチズモを削り取れ
(武田砂鉄)
2位 喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
(山下賢二)
3位 古くて素敵なクラシック・レコードたち
(村上春樹)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 老いる意味
(森村誠一)
2位 老いの福袋
(樋口恵子)
3位 もうだまされない
新型コロナの大誤解
(西村秀一)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約