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評者◆内堀弘
にしがはら書店のこと――廃業するが、最後まで嬉しい経験ができた
No.2969 ・ 2010年06月12日




 某月某日。にしがはら書店が廃業したのは五月の連休明けだった。中央線の武蔵境駅から単線の私鉄で二つ目、多磨駅のそばに店はあった。元々は屋号の通り北区の西ヶ原で営業していた。東京外国語大学のすぐ近くで、洋書や言語学関係の専門書が並ぶ学生街の古本屋だった。十年ほど前、外語大が多磨に移転するのに併せて、この店も一緒に引っ越して来たのだった。
 店主の深谷さんはいかにも温厚な読書人というタイプで、それは初めて会った三十年前から変わらないものだった。静かな店で原書を翻訳し、学生と話をするのも大好き。器用に商売を拡げる人ではなかったが、自身が大切にしている古本屋の像をそのまま保っているようにみえた。
 今年の二月、東京古書会館で「本を取り巻く現状とこれから」というシンポジウムが開かれた。講演をした国立大学の図書館長は「無理して紙の出版物を流通させるシステムを維持する必要はなくなる」として「(将来的に)図書館は本を置くところではなくなる」と語った。そうでないとしたら「(書籍雑誌を)電子化しなくてもやっていけるということを実証し続ける」鎖国状態に入っていく、その岐路なのだという。
 そういえば東京外国語大学が移転した多磨駅の周辺には本屋が一軒もない(喫茶店もない)。大学の周りに学生街らしい風情はなくて、たった一軒あった古本屋もなくなった。蔵書を電子化し図書館から本がなくなるというのも驚きだが、しかしそれ以前に大学がこんな殺伐とした光景の中にあることが(それも近い将来ではなくて今の話だ)よほど凄いことのように思える。今、書物が置かれている状況もこれとどこか似ているのではないか。
 韓国からの留学生が、店じまいを知って半日片づけを手伝ってくれたそうだ。お礼に好きな本をどうぞと言うと、「日本の韻律について研究しているから」と、一冊の古い冊子を見つけて喜んでいたという。最後までこんな嬉しい経験ができたのだから古本屋をやっていてよかったと、深谷さんは笑顔で話してくれた。
(古書店主)







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