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評者◆福田信夫
前田純敬の晩年の姿を浮き彫りにした優しさ(前之園明良「長い残余の生(三)」『酩酊船』)、今一番の小川国夫入門書(勝呂奏「評伝 小川国夫――第一回」『奏』)、後鳥羽院を偲ぶ円熟爽やかな紀行エッセイ(諸井学「隠岐への道」(『播火』)
No.2968 ・ 2010年06月05日




 『酩酊船』第25集で前之園明良の「長い残余の生(三)」がやっと完結し、ホッとした。僕は前之園探偵がなんでこれほどまでに前田純敬(1922~2004年)という作家に拘泥するのか半ばあきれていたのだが、今回のを読み、執念が実を結ばせる様相を知らされた。『VIKING』の同人であった前之園は、その縁から前田の子息と知り合い、前田純敬の戸籍謄本を提供され、秘密主義者だった前田の閲歴を明かし、富士正晴や林富士馬、島尾敏雄、庄野潤三らと前田純敬の複雑な関係を解き明かしていく筆捌きはエッセイ風小説として200枚以上を一気に読ませる。前之園の記憶と記録力の強靱さに圧倒された。最晩年の前田の老いと辛さと淋しさと異常な遍歴が文人前之園の優しさによって浮き彫りにされた。竹内和夫編「同人誌雑評抄録――『文學界』を中心に――」は同誌を取り上げた1986年から2009年4月までの新聞と雑誌を収載している。
 『みちくさ』第3号は樋口一葉と志賀直哉の特集で「明治の女、樋口一葉」に3人が、「志賀直哉、ふたたび」に4人が素人ゆえに正直で熟した文を寄せている。同誌は同人誌ではなく13人による読書会の誌であり(3年前から毎月1回)、これまでに漱石、鴎外、藤村、直哉、一葉、川端の6作家の50以上の作品を取り上げてきたが、こうしたやり方は同人誌にとって学ぶ面があろう。
 『奏』第19号の勝呂奏「評伝 小川国夫――第一回」は一昨年の春に逝去した小川国夫の生誕(1927年)時から中学卒業までの姿を、小川の新発見されたノート、日記、作品や小川の母親の日記『国夫履歴』など豊富な材料を駆使して描いた今一番の小川国夫への入門書であろう。「資料・小川国夫――中学校時代ノート(抄)」も、小川が旧制の静岡県立志太中学校(現、藤枝東高校)在学中に使用したノート5冊から抄録したもので、「広く資料として共有できるように」した勝呂の労に敬服する。
 『探偵随想』第106号の秋田稔「幻想奇談 魚」は、「どう? その刺身」(以下、改行を略す)「とっても美味しいわ。なんというお魚?」「人魚ですよ。磯で釣っていると、弱った人魚がいましてね。聞けば、汽船のスクリューで右腕をやられたというのです。手当てをしてあげると(中略)ちぎれた腕はどうしようもないわといって、くれたんです」「――」「煮付けにしてもいいといってましたよ。どう? 煮ましょうか、少し」(平22・1・26)というような幻想のマジックの利いた随想15編。同誌は昭和38年2月創刊の個人誌(限定140部)であり、発行人は傘寿を優に超えていると思われるが、月刊に近い発行のペースにも感動する。
 『黒豹』第122号の諫川正臣の詩「雲のゆくえ」の「(前略)明日は流れて何処へ/ながれ ながれて/いつかはどこかで果てるはず/晴天の日/空深く消えゆく巻雲をなんども見た/青空こそ雲の墓場(改行)消えても 消えても/明日にはまた新たな雲が生まれて」と特攻(早大生、22歳)の「六月某日 遂に出撃の命下る」「あんまり緑が美しい/今日これから/死にに行くことすら/忘れてしまいそうだ」という遺書を引用した詩「緑の季節に」に惹きつけられた。同誌は京都の詩人・竹内勝太郎(1894~1935年)の流れを汲んでおり、旧制三高の学生だった野間宏、富士正晴、竹之内静雄は志賀直哉の紹介で竹内に入門し、同人雑誌『三人』を発刊、これに加わった三高同期の尼崎安四に詩作を教わったのが諫川正臣であり、『黒豹』は竹内勝太郎の詩集と同名。
 『播火』第74号は童話小編を含め小説が8編その他で258頁と同人誌の小説系の雄である。この中では諸井学の「隠岐への道」と大塚高誉の「鈍色の街角」が対照的で面白い。前者は『新古今和歌集』の勅命者・撰者であり、鎌倉幕府の執権・北条義時の追討を命じた承久の乱に敗れ、隠岐に配流された後鳥羽院が19年間そこで過ごし、60歳で生涯を閉じた島を見てみたいと思い、妻と一緒に車で訪ねる円熟爽やかな紀行エッセイ。後者は会社の人事課に勤める主人公が廃止された残業の残業代稼ぎに占いの仕事(聞くだけの)を始めるのだが、いろんな客の姿が描かれ、何度も吹き出してしまった。ただ前者と比べると技巧の勝ち過ぎ、と。
 『丁卯』第27号は大池文雄の「西新井一丁目(二)」と興津喜四郎の「増井林太郎昆虫資料」の記録文学に圧倒され、森岡邦彦の「ショート三題・老人」の洒脱なユーモアを味わった。栗原陽子の「その時、母は、」は笑いをこらえながら読んだ。息子が痴漢をしたとして振り込め詐欺の顛末を描いた小説だが、面白いのは始めから詐欺らしいと分かるのに母親が被害者に謝まってからフリコマネバ気が済まないという愚直さが結果的に時間稼ぎになり、大事に至らぬ結末に。それにしても警察官(偽)、被(実は加)害者夫婦、啜り泣く息子(偽の)、国選弁護人(偽)という見事な道具立て(スタッフ陣)が考案されるからこそ、この種の事件は減らないのだろう。
 『人間像』第179号、これも『播火』と同じように小説8編その他で263頁と分厚過ぎて荷が重い。根保孝栄の「同人雑誌評」は34頁と驚くべきスタミナで真似できないが、要を得た評で脱帽もの。平木国夫の「二宮忠八の世界」は「なぜライト兄弟に先を越され、それを知ったときに飛行機づくりを諦めたのか」を解き明かし、福島昭午の「紙魚戯言(24) 飛脚の走りと『ナンバ』」は、「仙台藩の飛脚・源兵衛は江戸と仙台間300キロを12時間で走りぬいた」から始まり、飛脚の世界を駆け回る。また「ナンバ」とは「室町・鎌倉時代以後の絵巻物や屏風絵に描かれている日本人の走歩行の姿が、ことごとく右手右足(あるいは、左手左足)を同時に繰り出し」ているのを能や歌舞伎では「ナンバ」だと。
 『文学街』273号の遠野美地子の「太初に言あり」と川島徹の「北の街」という二つの小説を読んで小説とは何だろうと思った。前者は約22枚(400字換算)の短編で、後者は約165枚(前同)の中編であるが、短い方に感動したのである。このことは他の同人誌についても当然に言えることである。何をどう書くか、無駄は削ること、言うは易しであるが。
(文中敬称略)
(編集者)







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