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評者◆小野沢稔彦
勝者は映像を持つ――藤本幸久監督『ONE SHOT ONE KILL 兵士になるということ』
No.2964 ・ 2010年05月01日




 およそ表象行為が成立し、映像が構築されてある限り、国家はそこに現前している。そのことをまず確認しておこう。
 『ONE SHOT ONE KILL 兵士になるということ』(藤本幸久監督)は、様々な意味で問題作である。そして私たちの誰もが、この「様々」なということと様々な意味で無縁ではない。公開された『アメリカ――戦争する国の人びと』(残念ながら私は観ていない)の「前史を形成する」(試写会での監督の言葉)この「一射=一殺」は、まさに人間の意志を封殺し徹底した身体教育のみを通して、いかにアメリカ兵士(海兵隊員)がなるのではなく、作られるか、を描いた作品である。ここでは一貫した近代的教育メソッドの下に、各自の身体の裡に一人一殺の方法が馴致される。国家による教育という制度の極致がここにある。そして映画は、その過程を表面的には感情を交えず記録していく。
 上官の命令には絶対的に従い、敵をモノとして殺害するための機械として、自己を仕立て直すこと。星条旗とアメリカという国家と神の意志の下で、それらのために人殺しとなる教育システム。身体に繰り返し叩き込まれる行動様式の、繰り返される模倣と反復。そして声の唱和。映画はこの兵士養成過程を冷静に視つめ、人間から殺人マシーンへの変貌過程が、いかに理不尽で不条理かつ残酷なメソッドであるか、その非理性性、反文明性を自ずと浮上させる。成程、米海兵隊員はこうして作られるのか。
 そしてこの作品を観る者は、作品に納得し戦争国家の内実を疑い、戦争を憎み、国家の酷薄さを告発する者となって、この良心作に同意、共感し、作り手たちを称揚するだろう。まさに「一射=一殺」は、民主国家の国民的良識に支えられ、共感を伴って独り歩きし「ならず者国家アメリカ」への怒りを共有する媒介となるだろう。しかし、この良心的作品『ONE SHOT ONE KILL』は、同時に、海兵隊とアメリカという国家の紛れもないPR映画として作られ、私たちの前にあることを忘れてはいけない。
 結論から言っておこう。私はこの作品の作り手たちの良心を疑うものではない。そして、PR映画だからダメだ、と言っているわけでもない。PR映画であることを、まず作品自体が告知するものであるべきことを言っているのだ。総ての映画は何らかの意味でPR映画以外ではありえないのであり、作ることとは国家を内包せざるをえない――作り手の内面とは別に――のである。そして、PR性を問う作品を作ることとはそのことに自覚的に向き合うことによってしか――批評性を内在させる作品――、そうなりえないことを言っておきたいだけだ。あえて言えば、この映画がPR映画であることを観客に忘れさせることではなく、覚醒させることではなかったか。
 この映画はまず作り手が英語ができ、何らかの意味で米海兵隊にコネクションを持っており、海兵隊がその企画意図たる「平和への意志」に共鳴し、その上で映画の意義(海兵隊にとって)を認めたが故に、正式に撮影許可が下り、海兵隊の「公認」の下に作品として成立したものである。つまり映画は、作り手たちの意志を超えて、アメリカにとって間違いなく、その「国威」と「力」とを誇示するものとしてある故に、作品として成立したのである。アメリカは力を表象する映像は全て、アメリカの武器となることを承知している――勝者は映像を持つのである。海兵隊は作り手たちの良心――その平和的意図を充分に判った上で撮影を許可しており、海兵隊も建前上は平和のためにあるのだから――を超えて、表象することが海兵隊の威容と力とを現前させる故に、テロリストを一射=一殺する教育過程を映像化させた。そしてここに現前するのは、ある種の性的興奮を帯びて産まれる公共性、集団性。つまり学校でありジムであり青年運動であり自己表現の場である。そこに男が産まれる。そして何者でもない者は、初めて自己を発見したと思い、共同体への献身を開始する。現前する国家の栄光と力。それを支える民衆の想像力。だからこの教育過程は、世界の総意としてあることの表象であり、観る者はその共犯者であるのだ。
 おそらくこの映画を観る者(評者たる私も)は、ここに平和への希いを見るだろう。しかしそれ以上に、ここには「ならず者国家アメリカ」の意志が、その再現前化が図られてあり、それはアメリカの力を誇示するものとしてあるのだ。作ることはまず、そのことに自覚的に向き合うことでなければならない。国家を手玉にとったと甘く考えてはいけない。国家の意志に深く内在しつつ――私たちは国家に囚われている――それと向き合い、それをズラし続ける試行を行うしかない。
 それはまず、この『ONE SHOT ONE KILL』がPR映画であり、国家の公認の下に作られたことを明らかにし――そのやり取りの全過程を提示し――どんな方法を採って作られたかを具体的に明示しつつ、海兵隊の教育過程と重ね合わせて対峙的にモンタージュすることではなかったか。つまり、撮る者の現実、国家に拘束されてある自己を国家の現実に対置させる必要があったのではなかろうか。映画を疑うことなく、映画を作ることが如何に大きな力(権力性、制度性)に拘束され、それを表象するかを、この良心作(そして私たち観る者の固定化した感性も)が、はからずも現前させてしまった。そして、そのことをどう批判するかが、今、作り手、観客に問われていることも。そうした意味でも、この映画の孕んだ様々な問題性は大きい。
(プロデューサー)
※この映画の上映の問い合わせは、影山あさ子事務所(011‐206‐4570)まで。
『ONE SHOT ONE KILL』は、渋谷アップリンクにて上映中。以後、名古屋シネマテーク、大阪第七芸術劇場、札幌シアターキノにて上映予定。







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