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評者◆秋竜山
とらえどころがない「ん」だ、の巻
No.2963 ・ 2010年04月24日




 もし野外の大看板に巨大文字が一字だけ「ん」と、書かれてあったとしたら、それを見た瞬間、自分も頭の中で、またはマンガのふき出しのように頭の上に「ん」と、いう文字を浮ばせるだろう。それほどに「ん」という文字のインパクトは強い。この「ん」を解明しなくては、看板から逃れることができないだろう。山口謠司『ん――日本語最後の謎に挑む』(新潮新書、本体六八〇円)が書店の棚に置かれている。この「ん」というタイトル文字を見て、見過ごすわけにはいかんだろう。と、いう気になってくる。オビには〈日本語最大のミステリーを解く!〉とある。「ん」はミステリーなのだ。
 〈「雨月物語」で知られる上田秋成(一七三四~一八〇九)は、日本の上代の大和言葉には「ん」という音があったと言うのに対して、本居宣長(一七三〇~一八〇一年)は、「ん」はなかったとする。〉(本書より)
 「五重の塔」などの小説で有名な幸田露伴(一八六七~一九四七)は
 〈「ンといふ文字は何と読むのか私には分らない」と記している。「字源をいへば牟の字から出て、それの下が省かれたムがンの字であるといふが、さすればンは即ちムであって撥ねる音ではなく止る音であるわけだが、今日実際に人々がンの字を用ゐてゐる所を見ると撥ねる音にもこの字を用ゐてゐる」〉(本書より)
 「アイウエオ」も最後に、ポツンと「ん」が置かれてある。「いろは」だってそーだ。そして、この「ん」が母音なのか子音なのかという区別もされていないという。さらに、単独で存在する意味や単語さえないというのである。「ン」という文字を正しく発声させるには〈喉の奥で止めて出される音で、人が出す音として不自然だからである。〉と、いうのだが、だんだん「ん」という文字が気の毒なような気がしてくる。
 〈空海は「ん」に「宇宙の終焉」という意味を付与して哲学的宗教的意義を深めた。また天台密教の僧侶たちの民衆への布教と言語の研究によって、「ん」は語彙を増やし、世界観を広げる役割を果たすための機能を文字として与えられた。〉(本書より)
 私のもっとも興味あるのは、先にふれたように、「ん」を正しく発声させるかということだ。〈喉の奥で止めて出される音〉というのだから、口から飛び出す音ではないだろう。その音は鼻から飛び出るのか。何回となく「ん」「ん」とやってみる。どれが正しくて、正しくないのか、つかめない。専門的な音というのがあるとしたら、
 〈現在、日本語学では、二つの音が連続する時に起こる音の変化は「連声」と呼ばれ、フランス語の「リエゾン」に相当するとされている。これを安然や明覚は「大空の音」と表現した。「大空」とは、もともと真言密教の言葉で、十方の世界に本来的な方向や場所などの相がないことをいう。つまり、存在はしているのに、どこから現れどこに行くのかわからないもののことである。〉(本書より)
 こういわれると、「ん」という音が正しいとか正しくないとかいうよりも、とらえどころのない音のような気がしてくる。とらえどころのない音を、日常的に使っていることになるのだ。仲間はずれの音というより、むしろ、一番下ですべての音をささえているようにもみえてくるではないか。







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