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評者◆前田和男
第75回 多様で裾野が広い細川人脈
No.2963 ・ 2010年04月24日




 しかしいまさら「細川連立政権」という「死んだ子」の齢を数えても詮ないことだ。政治は科学の実験と違い、やり直すことはできない。いまおきた政権交代にその蹉跌をどう生かすかである。以下、その視点から、金成の証言を中心に、日本新党は政権交代にいかなる歴史的役割を果たしたかについて検証してみたい。
 まずはその多様な人脈である。それを整理しておこう。
 金成によると、結党から参院選終了までに日本新党の基礎が築かれるが、それを担ったのは、いずれも並々ならぬ社会的バックボーンをもった以下の人脈だったという。この人たちが常任政務委員に逐時就任し、その後、機構整備に伴い、「参院選実行委員」に改めて就任し、党の指導を行なった。(なお*印は、離党・除名などで九四年一二月の解党以前に日本新党から去った人々である)

 1 細川が朝日新聞社に入社したことにより生じた朝日新聞社鹿児島支局グループ‥伊藤正孝・安藤博*・細川護熙
 2 細川が第二次行革審「ゆたかな暮らし」部会長に就任したことにより生じたグループ
 1土光臨調で国民運動を展開した行革フォーラムのメンバーとその関係者‥本田宗一郎(ホンダ)・井深大(ソニー)・並河信乃・金成洋治、安藤博*・牧野聖修*・橋本雅史*・武田邦太郎・中博*
 2土光臨調で裏臨調の指揮をとったグループとその関係者‥瀬島龍三(伊藤忠)・佐藤誠三郎(東大教授)・香山健一(学習院大教授)・松崎哲久*・小沢鋭仁*
 3 細川が評議員をしていた松下政経塾のメンバー‥宮田義二・上甲晃・野田佳彦・山田宏・長浜博行・横尾俊彦・中田宏
 4 細川の旗揚げに共鳴した「平成維新の会」グループ‥大前研一・茂木敏充
 5 細川の地元・熊本の支援者たち‥永田良三・関上伸彦・半田善三・松井甫光子・白洲信哉
 6 細川の朝日新聞社の元上司・伊藤正孝の母校福岡修猷館、早大グループとその関係者‥伊藤正孝・山崎拓・阿部公明・小池百合子・谷文隆
 7 細川を支援する女性グループ‥細川佳代子・加藤タキ・円より子

 この豊かな細川人脈に、九二年の参院選、そして九三年の衆院選で当選した以下の議員たちが加わる。その後の「政党遍歴」もあわせて記した。(上記「細川人脈」と重複あり)*印は、九四年一二月の解党以前に日本新党から去った人々である。

 〈参議院議員〉
 円より子(日本新党↓新進党↓フロムファイブ↓民主党、民主党副代表)、寺沢芳男(日本新党↓新進党↓フロムファイブ↓民主党、引退)
 武田邦太郎(日本新党↓新緑風会、引退)、小島慶三(同、引退、死去)
 〈衆議院議員〉
 細川護熙(日本新党↓新進党↓フロムファイブ↓民主党、引退)
 野田佳彦、(日本新党↓新進党↓民主党、財務副大臣)、藤村修(同)、河村たかし(同、名古屋市長)、長浜博行(同↓民主党参議院議員、厚生労働副大臣)、須藤浩(同、引退)、松岡満寿男(同、引退)、永井英慈(同、引退)、鮫島宗明(同、引退)、山本孝史(同、死去)
 渡辺浩一郎(日本新党↓新進党↓自由党↓民主党)、武山百合子(同)
 樽床伸二(日本新党↓新進党↓太陽党↓民政党↓民主党)、木幡弘道(日本新党↓新進党↓太陽党↓民政党↓民主党、引退)、
 初村謙一郎(日本新党↓新進党、引退)
 中田宏(日本新党↓新進党↓横浜市長)、山崎広太郎(同↓福岡市長)、中村時広(同↓松山市長)、山田宏(同↓杉並区長)、矢上雅義(同↓村長)
 小池百合子(日本新党↓新進党↓自由党↓保守党↓自民党)、伊藤達也(日本新党↓新進党↓自民党)、鴨下一郎(同)、今井宏(同)、茂木敏充(日本新党↓自由連合↓自民党)、遠藤利明*(日本新党↓自民党)、小泉晨一(日本新党↓自由連合)
 小沢鋭仁*(日本新党↓新党さきがけ↓民主党、環境大臣)、枝野幸男*(同、事業仕分け統括)、荒井聡*(同)、五十嵐ふみひこ*(同)、前原誠司*(同、国土交通大臣)、高見裕一*(同、引退)、中島章夫*(同、引退)
 海江田万里*(日本新党↓市民リーグ↓民主党)、牧野聖修*(同)、石井紘基*(同、死去)、近藤豊*(引退)
 江田五月(社民連↓日本新党↓新進党↓民主党、参議院議長)阿部昭吾(社民連↓日本新党、引退)

●政治人脈に大きな遺産を残す

 日本新党は、小沢一郎の新生党、武村正義・鳩山由紀夫の新党さきがけと比べると、降って湧いたような「バブル政党」のように言われるが、こうやってみると、「日本の知恵袋」、(それも未来志向の)といってもいい奥深くて広がりのある人脈であったことがわかる。その一方で、驚嘆させられるのは、これだけの人脈がほとんどたった一人の「殿様」によって創られていたことだ。それが日本新党の「もろさ」であり「アキレスの腱」でもあった。
 このうち*印をつけたのは、わずか二年半の活動の中で離れていった人々だが、いずれも人脈のノッド(つなぎ目)となる人物である。ここでネットワークが壊れたと思われる。
 なお、途中離脱組は議員に多いが、その大半は前述した新党さきがけとの「婚約解消劇」によるものだ。金成によれば、当初から党内には、さきがけとの連携を重視するグループと、老練な自民党出身者が多い新生党との連携を重視するグループとがあった。両者はともに「政治改革」という目的では一致していたが、手法を異にしていた。すなわち、「親さきがけ派」は理想主義的であり、親新生党派は現実主義的で、それはすなわち武村正義らのさきがけと小沢一郎の新生党のあり方であった。
 親さきがけ派のコアメンバーは、小沢鋭仁、前原誠司、枝野幸男、高見裕一、五十嵐ふみひこ、中島章夫、荒井聡らだが、代表の細川が国民福祉税で新生党の小沢一郎に引き寄せられるにつれ代表の細川との溝は深まり、九四年四月に離党して、さきがけに合流する。さらに、九月には、親さきがけではないが、反新生党の海江田万里、牧野聖修、高見裕一、遠藤利明、石井紘基が離党。前掲の議員リストの「政党遍歴」にあるように、結局細川と最後まで行動を共にして、小沢の新進党へ合流したのは二五名、最盛時からは一〇名ほどを減らしていた。
 しかし、離党・離散していった人々を含めて、彼らは後に民主党、自民党の要路を占め、これからの日本のリーダー(もしこの先政権交代可能な二大政党制となれば)となる可能性を秘めている。その点からすると、日本新党は短命に終わったが、政治人脈という点では大いなる資産を遺したといえるだろう。
(文中敬称略)
(ノンフィクション作家)







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