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評者◆稲賀繁美
紀友則とダヌンツィオとの詩的競演 早稲田大学 戸山図書館蔵本の書き付けから・上
No.2963 ・ 2010年04月24日




 早稲田大学戸山図書館には『蜻蛉集』一本が蔵されている。19世紀後半のフランスの女流詩人ジュディット・ゴーティエが西園寺公望から提供された和歌仏訳を推敲し、それに山本芳翠が挿絵を施した著述である。早稲田大学本の見返しにはイタリア語の詩の手書き草稿が記されていた。このほど、明治美術学会の報告で、同大学助手の尾崎有紀子さんがこの書き付けを詳細に分析し、これがイタリアの国民詩人ダヌンツィオの手になることを裏付けた。Gabriele D’Annuzio(1863‐1938)の「西洋うた」Outa occidentaleの成立過程について、新事実が明らかになってきた。
 ダヌンツィオ「うた」の初出はFanfulla della Domenica紙1885年6月14日づけ、Isaotta Guttadauro ed altre poesie(1886)として刊行されたのち、Isotteo‐La Chimera(1890)に収められた。これらの詩作がゴーティエの日本翻案詩集から感化をうけて成立したことは、従来から知られていた。尾崎さんはこうした状況を、原田謙次のダヌンツィオ追悼記事(『読売新聞』1938年9月1日)や木村毅の談話(同新聞1939年6月11日)などから、丹念に洗い出す一方、手書きの書き付けを、活字刊行物に見える詩句と詳しく対比した。
 果たせるかな、早稲田大学戸山図書館架蔵本の意義と来歴とが見えてきた。まずこの手書きは「ウタ」の初期段階の推敲原稿、場合によっては最初の草稿らしいこと。同時にこれは筆跡からしても、ダヌンツィオ自身の手になるものであること。つまりこの一本は詩人旧蔵の手澤本であった形跡が濃いこと。さらに興味深いことに、初出の Fanfulla della Domenicaには、この手書きには見えない詩句が刻まれている。A Chi mandero questi fiori,/ se non a voi? Sol chi ama colore/ e profumo merita di riceverliこれが友則の和歌「きみならで誰にか見せむ梅花 色をも香をもしる人ぞしる」(『古今集』春・上三八)を『蜻蛉集』88のフランス語からさらに重訳したものであることは、すでに村松眞理子氏が立証している。忠実な翻訳だが、やや即物的すぎて、ここからでは「君」の恋や色香を歌人が熟知している、と匂わせる「知る人ぞ知る」の官能的な含意は、かならずしも如実には伝わってこない。
(以下次号)
(国際日本文化研究センター研究員・総合研究大学院大学教授)







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