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評者◆生野 毅
俳句界のジョン・コナーは誰か――筑紫磐井・対馬康子・高山れおな編『セレクション俳人プラス 新撰21』、『今、俳人は何を書こうとしているのか/新撰21竟宴シンポジウム全発言』(共に邑書林)
No.2962 ・ 2010年04月17日




 「俳句の世界に『審判の日』が訪れた後、だれがスカイネットと戦うジョン・コナーの役割を果たすことになるのでしょう。」そう、『ターミネーター2・ザ・ジャッジメント・デイ』や日本のテレビでも放映された『サラ・コナー・クロニクル』の中のセリフではなく、21世紀俳句界のサラ・コナーたらんとする対馬康子氏が、昨年末に東京・アルカディア市ヶ谷私学会館で開催された『新撰21竟宴シンポジウム』(以下、『竟宴シンポ』と略)に際して「ゼロ年代へのエール」として送った言葉である。
 さて、U‐40の俳人21人の句を筑紫磐井氏、対馬康子氏、高山れおな氏ら三名の編者による選定によって収録した『セレクション俳人プラス 新撰21』(邑書林)は、俳句界に久々に新風を送った選集として各方面で話題になり、『竟宴シンポ』の「全発言」も「邑書林ブックレットNo.1」として、『今、俳人は何を書こうとしているのか』と題されて出版された。ここでは各俳人が選出句の冒頭に記した「210字以内の作句信条」の中で心に残ったものを中心に以下に書く。
 『鷹』の若き編集長である高柳克弘氏は、「…うちひしがれたもの、排斥され、軽んじられているもの、そうしたものを掬い取る器で自分の俳句があってほしい」と俳句本来の片言性への志向を語り、パウル・ツェランの研究者でもある田中亜美氏は「俳句の『短さ』」はマンデリシュタームの『投壜通信』にふさわしいと述べる。田中氏は『竟宴シンポ』で外国文学研究者としての立場から俳句界の師弟関係を問題にしているが、『新撰21』巻末の小澤實氏をゲストとした合評座談会で筑紫磐井氏が結社の機能不全とそれに代る同人誌や超結社誌からの新人の台頭を指摘しているように、「排斥」「投壜」という言葉からは既存の俳句共同体の中心志向の通念から、俳人たちが俳句本来の純粋な内在性へと個々立ち会う単独者へと逸脱して行こうとする傾向が窺える。
 このことは「俳句をつくることは、言葉によっては触れることの出来ない闇に『言葉』を使って触れようとする試み」という中村安伸氏、「書くという行為」や「現実」を二十日鼠が延々と廻す「輪っか」に例えつつ、「書く」ことで「現実が何かしらの変容を見せる」と語る冨山拓也氏、「句作信条」をあえて全くの白紙として提出した九堂夜想氏にも通底している。思えばジョン・コナーもまた〈単独者〉としてスカイネットに立ち向ったのだった。
(俳人・文芸評論家)







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