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評者◆内堀弘
真鍋呉夫の句集『花火』――友情の証のように遺された小さな書物
No.2960 ・ 2010年04月03日




 某月某日。古書の入札会に真鍋呉夫の句集『花火』(昭16)が出てきた。この本を見るのは初めてだった。
 私の店(古本屋)は石神井公園という東京のはずれにあって、真鍋さんもこの町の住人だ。今年九十歳。小さな雑木林の中に建つ一軒家は、本当にそこだけ時間が止まっているようにみえる。
 真鍋さんは昭和十四年、福岡で創刊になった同人誌『こおろ』に参加する。同人には島尾敏雄、阿川弘之、小島直記、那珂太郎……と、戦後に活躍する作家が並ぶが、この雑誌の精神的な支柱は昭和十七年に二十四歳で亡くなった矢山哲治だった。
 六~七年前に、小さな雑誌の企画で真鍋さんにインタビューをさせていただいた。自転車で十分もかからないから、私は雑木林の家に何日か通った。
 真鍋さんはもう八十歳を過ぎていたが、若いときに私淑した矢山哲治の話になると言葉が俄然熱くなる。畏敬の念いは変わることなく、友情とはそうしたものかと思った。
 当時、『こおろ』の同人達はまるで手作りのような書物を作っていた。矢山の詩集も、島尾敏雄の最初の作品集『幼年記』もそこで生まれたものだ。いずれも百部ほどの私家版で、親しい人たちに配った。彼らは、まるで友情の証のように小さな書物を遺したのだった。真鍋さんの句集『花火』もこの仲間が作ったもので、限定百部の非売品、発行人は矢山哲治となっている。
 早晩、召集になるだろうからこの句集は遺書のつもりだったと聞いたことがある。どこをどう巡ってきたのだろうか。そんな一冊が不意に現れ、私はそれを落札した。
 そしてまた雑木林の一軒家を訪ねた。「これは凄い」と、文人の驚嘆も期待したが、真鍋さんはほとんど表情を変えることなく、ただ一頁ずつゆっくりと読みはじめた。私はしばらくその横顔を見ていた。「署名をして下さい」そう言うと、ちょっと目を上げて「いいですよ」、静かにそう答えた。
(古書店主)







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