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評者◆小嵐九八郎
牧水の魅力に、旅への執着も新しく――伊藤一彦著『いざ行かむ、まだ見ぬ山へ』(鉱脈社・本体一八〇〇円)
No.2960 ・ 2010年04月03日




 六十代半ばになると一人旅はけっこう疲れる。でも、川崎の煙っぽい街に帰って七日か八日が経つと、また、どこかへ行きたくなる。なんでなのであろう、ぐっほん、かみさんを好いておるのにである。
 それに老いて酒の量が減らないのにも滅入る。弱くなったという自覚を持っているが、ますますおいしく感じるのである。これまたしかし、我がかみさんが「あの世に逝くのは早いから、ほどほどによ」と厳しく言い、うしろめたさがつきまとう。一日、六合半……。
 どうにかならないものかと思う時に、『いざ行かむ、まだ見ぬ山へ』(伊藤一彦著、鉱脈社、本体1800円)を読んだ。サブタイトルは「若山牧水の歌と人生」とある。そう、《白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ》を歌った牧水についての旅の生、恋の生、自然との生、酒の生を、その歌歌とともに記した書だ。
 うむ、牧水の評価は、一九一七年のロシアの赤色十月革命の後頃での短歌総合誌では横綱ナシの大関で斎藤茂吉と同じ、関東大震災の後で第二次護憲運動の起きる頃の同じ総合誌で一番、二番は北原白秋だったそうだ。なんなくこの頃の人人が短歌に寄せる気分の熱さが分かる。白秋は、今でも、俺が酔っぱらって独り寝で歌う童謡や演歌で野口雨情と並ぶもっとも感激をよこす詩人。プロレタリアぶんがくも盛んだったはずだが、ポエムに、人人の悩み、情、希望を託す、日本史上で全盛の時代と考える、敗戦直後と同じく。
 この本によると、へえ、牧水の《幾山河越えさり行かば寂しさの終てなむ国ぞ今日も旅ゆく》の歌の魅力は、「逆説的に(中略)寂しさの果てる国などなくてもよいというほどの誇らかな若さ」とある。参りますね。当方の旅への執着も新しくなります。
 伊藤一彦さん自身は《おとうとよ忘るるなかれ天翔ける鳥たちおもき内臓もつを》という、すんごい歌を作っている。この本をふところに旅に出て、昼から酒をやっても楽しくなるはず。いよっ、酔っぱらいロマン主義者のみなさん、救いと嬉しさの一冊ですぞ。
(作家・歌人)







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