●故近藤久壽治さんとの出会い

　セピア色に薄れかかった記憶の中で「あの時のその人の表情」だけが鮮明に思い浮かぶことがあります。もうあれこれ５０年も前、私がまだ大学院生のころでした。鹿児島での学会の折に、故高橋義孝先生から小料理屋を予約しておくよう頼まれました。どうやら「お友達」と一緒らしいので店選びには気を遣いました。さて、小部屋で正座してまもなく高橋先生が口を開かれました。「根本君、こちらはドイツ語関係の本を出版されることになった近藤久壽治さんだ。」私は反射的に膝を正して「よろしくお願いします」と挨拶しました。「こちらこそよろしく」とさりげなく返された近藤久壽治さんの「柔和な頬笑み」には人を引き込む魅力がありました。その後独和辞典編纂にかかわるようになり、執筆の苦しみから逃れたくなることもありましたが、その都度あの頬笑みが目前に浮かんで引き留められました。
　教育心理学関係の出版を手掛けていた近藤久壽治さんが株式会社「同学社」を創業されたのは１９５０年だそうです。その時から数えると、今年は創立６０年になります。さて、ドイツ語関係の新しい出版事業にはまもなく強力な助っ人が現れました。社長と同郷の岩崎英二郎先生が近藤さんの新事業を祝って、新しいドイツ語教育界の幕開けを宣言する...






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