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評者◆志村有弘
歴史・時代小説と掌篇小説と――安久澤連の、騙されて人柱にされた女の怨霊譚が力作(「大堤」『仙台文学』)、西村啓の人情話(「兄弟は他人の別れ」『作家』)、西向聡の巧みさ(「海蛍」(『法螺』)
No.2957 ・ 2010年03月13日




 歴史・時代小説に力作・佳作が多かった。「仙台文学」第75号が、近江静雄の「睡竜立てり――仙台藩戊辰史譚――」、安久澤連の「大堤」、牛島富美二の「英雄互いに黙契す――仙台維新前夜譚――」と三編の歴史小説を掲載。三作とも丹念に書かれた重厚な作品。中でも「大堤」は、騙されて宿内川大堤の人柱とされた女の怨霊譚で、大堤普請役の家は親族共々死に絶えてしまう。歴史小説と時代小説の方法が巧みに融合している力作。内容が異なるけれど、累ケ淵の怨霊伝説を伝える『死霊解脱物語聞書』を想起した。同誌掲載の石川繁の歴史探究「金売吉次のふるさとを訪ねる」も労作である。石原裕次の「「本能寺の変」前後の信長と光秀・秀吉」(「全作家」第76号)は通史的だが、信長の死、光秀の心裡、秀吉の言動が急テンポの文体で活写されていて面白い。塚澤正の「堕胎目付始末記」(「群獣」第11号)は津藩寛政改革のおりに起こった一揆騒動を描いており、鎮圧されたのちの一揆の徒、荷担した者たちの悲劇も淡々と記される。
 時代小説では、西村啓の「兄弟は他人の別れ」(「作家」第70号)が目賀名眠睡人情譚の三作目。長谷川伸の世界を連想させる人情物語である。嫉妬心から実の姉妹、実の兄弟が袂を分かってゆく。妹、弟の律義な姿が痛々しく、しかも美しく映る。二人の仲を巧みにまとめる眠睡と源次。ドラマにしたい作品である。黒木一於の「掛け軸の幽霊」(「コスモス文学」第368号)も面白い時代小説。公金横領の濡れ衣を着せられた武士が割腹自殺をした。家来はその遺言を実行すべく武士の死体を絵師に描かせた。不思議なことに幽霊自身が自分の絵を描き、その絵は自分を陥れた男の首を締めて報復する。ストーリーの展開に一考を要する向きもあるが、凄絶な屍体、死者の怨念の場は鬼気迫るものがある。
 現代小説では、西向聡の「海蛍」(「法螺」第62号)が、名人芸の味わい。定年退職後二年間嘱託で働いた男が「鬼妻」と共に生きる気がなくなり、遭難したかのように見せかけて失踪し、実母の介護に生きようとする。作中、ハンセン病で死んだ生母の姉のことが記されたり、重苦しい記述もある。随所に示される「鬼妻」の言動も躍如とする。結局、娘たちに居場所をつきとめられてしまうのだが、老母が死んだら四国遍路の旅に出て寺男として過ごすのもよいと考える。海蛍の美しい描写がはかない人生を象徴しているかのようで物悲しい思いもする。「法螺」は力作佳作が多く、毎回充実していることも付記しておきたい。
 「九州文學」第530号も充実していた。暮安翠の「南天と蝶」は、田中稲城と勝野ふじ子の悲恋物語。二人とも優れた資質を有しながら、戦時中、肺患のために若くしてこの世を去った。今後、両者の調査・研究が期待されるだけに意義深い作品である。山下濶子の「赤い花」は、電車の中で助けてくれた老人が実は詐欺師であったという内容。主人公の主婦の心の中に次第に募ってゆく老人への恐怖心が見事に描かれてゆく。また、波佐間義之の「ある男の軌跡」は、妻子を残して職を探しに家を出た男が心ならずも破滅の道を辿る、現代社会の一縮図を見るような身につまされる作品である。
 島尾敏雄の短編集『硝子障子のシルエット』に「葉篇小説集」という副題が付いていた。伊藤文隆の「掌編物語 五編」(「駿河台文芸」第21号)は、長崎・九州を舞台とする回想小説で、戦争の傷跡も見え隠れし、「掌編」とはいえ、一篇一篇が味わい深い。「九州文學」も「掌編小説特集」と銘打って四篇の作品、「文学街」第270号が「掌篇」と題して二篇の作品を掲載している。ここでは「篇」も「編」も同じ意味と解しておく。「九州文學」掌編では永芳達夫の青春の光と人生の苦さを感じる「斑鳩の里で」がキラリと光る。「文学街」掌篇では原石寛が手書きコピー製作本、森啓夫が老夫婦の複雑な思いを綴る。どちらもやりきれない、重い内容なのだが、いささかの悲哀感も感じさせない。ともあれ、伊藤や「九州文學」「文学街」掲載の掌編(掌篇)を読みながら、島尾の葉篇小説、川端康成の掌の小説を思い出した。
 仏教を根底とする詩が目についた。遠山幸子は「『南無阿弥陀仏』」(「みえ現代詩」第80号)で「浄土の道は明日へと続く/両手の中に あふれるほどの思い出と希望や夢を乗せて合掌」と述べ、かしはらさとるは「おへんろ」(「しけんきゅう」第153号)で、おへんろが祠に手を合わせるが、子どもらは顔のつぶれた地蔵を「かわいそう」と言って手を合わせると綴る。そして「風神」第22号が「冥界」を特集していてそれぞれの作品が面白く、鈴木漠は「冥府行」と題して「火をもって浄める煉獄の図柄」と述べている。
 短歌では、五十嵐良子の「遠花火」(「谺」第56号)の中の一首「差別のなき世をと祈れり聴衆の手拍子さかんに打つ中にゐて」が心に残る。
 研究・エッセイでは「個」第5号がトルストイ研究家石田三治の生誕一二○年記念特集を組んでいる。石田は江渡狄嶺や芥川龍之介とも交流があり、安田保民・保孝兄弟の「東奥日報」掲載紙や幸林清栄の「青森県のトルストイ研究家」など、貴重な研究誌を作っている。「青銅時代」第49号の「小川国夫の文学世界(1)」も重要である。
 「猿」第65号が佐竹幸吉、「京浜文学」第15号が木村為蔵、「九州文學」第530号が緑川新、「作家」第70号が松本伸、「大衆文学研究」第142号が尾崎恵子、「八百八町」第10号が野村敏雄、「文学雑誌」第85号が中谷榮一、「労働者文学」第66号が原田筧の追悼号(含訃報記事)。ご冥福をお祈りしたい。
(文芸評論家・相模女子大学名誉教授)







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