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評者◆生野 毅
芭蕉とアメリカ――吉増剛造講演会『静かなアメリカ』(09・12、於・早稲田大)、および書籍『静かなアメリカ』(09・書肆山田)をめぐって
No.2957 ・ 2010年03月13日




 「…その『静かなアメリカ』を僕は持ち帰ったのか、それからというもの、その『静かなアメリカ』を運んで行くようになったのかもしれません。」(吉増剛造『静かなアメリカ』書肆山田刊・2009より、同題の堀内正規氏との対談より)昨年末に早稲田大学文学部で開催された吉増剛造氏の講演会『静かなアメリカ』は、前掲の同題の詩・対話・エッセイの集成である著書の刊行を記念してのものであるが、近年の吉増氏が一貫してそうであるように、今回も通常の意味での講演会の枠をはるかに超えた、「語り」と「朗読」の差異がもはや無効であるような、「吉増剛造」の身体・声によってひたすら打ち寄せる詩的飛沫を聴衆が享受する場となっていた。
 そしてこれも近年一貫してそうであるように、今回も「Gozo Cine」と呼ばれる吉増氏自身の映像が上映されたが、その映し出された情景は極めて印象的であった。……微かに憂いをおびた陽光の下、人々が往きかう立石寺で、吉増氏は広げた書物の活字を丹念に目で追いながら、芭蕉の「閑さや岩にしみ入蝉の声」を時に吃音的に、時に流れるように読み上げる。傍らには小型のラジカセが置かれ、プレスリーの『ラヴ・ミー・テンダー』が流れてくる……。
 この情景は吉増氏の詩『奥の細道の音楽』の中の
 これが、“奥の細道の音楽”なのだ、……/しばらく、石段に腰掛けて…/エルヴィスの……「ラヴ・ミー・テンダー」に、耳かたむけた
という一節に呼応するが、かつて「最後の旅人」(城戸朱理)と呼ばれた吉増氏は、折口信夫、西脇順三郎他、おびただしい先人の足跡を辿りつつ、彼らを未来の詩的時空へと導く者という意味では「最初の旅人」でもあるかもしれない。そして、無数の他者と交通しつつ、かつ「単独者」として移動するその姿は、芭蕉における「旅」の21世紀における極限の増幅である、と見ることも不可能ではないだろう。
 冒頭に引用した対話「静かなアメリカ」の中で、吉増氏は2004年の渡米の感覚を「わたくしの中のアメリカに楔(くさび)が打ち込まれて、その音がありありと聞こえてくるような気がしていた」と語る。9・11以前であれ以後であれ、アメリカの痛苦の歴史になおも「静かな場所」を「聞く」透徹した感性には驚かされるが、その「場所」とは、世界の内在性と詩の内在性が触れ合う領域のことであり、吉増氏が芭蕉を追い、芭蕉が吉増氏に導かれる「奥の細道」の先に、「芭蕉」と「プレスリー」が合歓する「アメリカ」は実在しているのだ。
(俳人・文芸評論家)







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