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評者◆高橋宏幸
ものと移動――リミニ・プロトコル公演『Cargo Tokyo‐Yokohama』
No.2955 ・ 2010年02月27日




 リミニ・プロトコルの『Cargo Tokyo‐Yokohama』という作品が上演された。ただし、それは上演といっても、いわゆる舞台空間で上演されたものではない。Cargo(カーゴ)とは積み荷や荷物の意味だが、タイトルが示すように、それはトラックに積み荷として観客を載せて、東京‐横浜間を運行するなかで上演される。だから、このトラックに乗り込むものは、いわば積み荷に見立てられる。それを運ぶトラックは、ドイツで改造されて輸送されたもので、コンテナ部分には横に何列も並んだ席があり、半面部分はプロジェクターからの映像ができるようなスクリーンもある。ただし、それが開けば外界の景色が観客の目の前には一面に広がる。もともと、この作品はヨーロッパ各地や近東でさまざまなバリエーションですでに上演されたものだが、その日本版として新たな演出がなされて今回は上演された。
 まず、観客は出発地である天王洲アイルに集合する。そこから横浜まで、湾岸沿いを走りながら船舶やトラックのコンテナ、物流センターなど「物流」をテーマにまわる。もちろん、そこではドキュメントとして実際の世界が現われるのだが、半面フィクションの世界も緩やかに混ざりあっていく。たとえば、トラックを運転する二人のドライバーも、俳優ではなく本物のドライバーであり、一人は日系ブラジル人だ。彼らが運転席で話をするエピソードは、経験にもとづく話だろうが、この作品の物語に沿うということではフィクションとして作られていく。
 たとえば物流センターでトラックの洗車を見せる箇所とそこで話される個人の経験。車両輸送用の船舶が積むのがほぼ中古車になっていること、トラック・ドライバーを悩ますタコメーターについてなど、それらは実際の風景と個人の経験が緩やかに結びついていく。特にタコメーターの箇所などでは、速度と運行を記録されることから、それをいかにごまかすかがジョークとして話される。しかし、そのごまかしも、この物語自体がフィクションであるということでは狭間におかれる。そもそも、トラックに乗り込んだ観客に対して冒頭で、新潟から横浜へと荷揚げされた荷物を輸送することが告げられる。この時点で、この物語がフィクションであることはすでに話されているのだ。
 だが、所々で見せられる事実としての風景と物語としての新潟‐東京間の運行は、コンテナという積まれた空間から見ている観客にとっては、その場所の特殊性はまったく消される。港湾都市の風景、もしくは高速道路が通る街の風景は、言われない限り分からない似通った風景であることを気づかされるのだ。しかし、だからこそ、それはときに平板であり退屈へと摩り替わる。また、確かに湾岸沿いの風景は、それらに関係する職種についていない限りなかなか見ることのできない、もしくは素通りしてしまう風景を異化しているとはいえるだろうが、大人の社会見学という批判もできる。実際、この作品をめぐっては評価を二分する意見が相次いだ。
 しかし、その退屈さと戯れるような事実性と物語というものは、やはり狭義の演劇やパフォーマンスというものの概念、それ自体をかろやかに問う視点をもっている。そこに行為性は確かにあるからだ。
 実際、どれだけWebや秀逸なインターフェイスによって情報が空間や時間を短縮して流通しようとも、荷物として運ばれた身体があるように、物流としてものの移動というものは必ず付いてまわる。やはりそこには流通ではなく、物流があるのだ。むろん、I‐Phoneなどをはじめとして、デジタルという記号化された情報空間と触れ合う身体にとっては、身体すらもその空間に入り込んでいるということはできる。だが、やはり身体はいまだ移動というものが要求される。またインターフェイス自体は、どれだけ時間が短縮されようとも物流として運ばれている。もちろん、今回の舞台でそれがどこまで示されたかは疑問だ。また、運輸というものに関わる歴史的な政治との結びつきの問題も入れ込まれていたが、果たして触れなければいけなかったのかと思われるほどに簡素なものであった。
 しかし、これはものの移動ということでは資本主義が根柢にもつ差異について緩やかに気づかせる。そして、あえてそれを声高に叫ばないということも一つのスタイルだ。少なくとも、議論を誘発する要素として、その磁場を生み出したということは、やはり考えさせられるべき問題を多分に含んだ作品であったことは間違いない。
(舞台批評)







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