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評者◆秋竜山
軽くない笑い、の巻
No.2954 ・ 2010年02月20日




 伝統文化の中での「笑い」。日本の。と、なると、たんなる「笑い」では、ないような気がしてくる。そのへんに転がっている笑いとはわけが違う。時代を受けついだ格の高い笑いとなるわけだ。……なんて、考える。富澤慶秀『だから歌舞伎はおもしろい』(祥伝社新書、本体七四〇円)を、読みながら、本書の中に「笑い」という文字を見つけ、わくわくしてくる(どんな本にでもいえるが「笑い」という文字に出会うと、もうかったと思えてくる)。歌舞伎についての本であるから、歌舞伎についての笑いであり、日本の世界にほこる伝統的な笑いということになるのではないか。本書に〈笑いひとつにも六〇〇年の工夫〉という項目がある。
 〈「籠釣瓶花街酔醒」。あばた顔の田舎大尽、野州(栃木県)佐野の絹商人の佐野次郎左衛門が花の吉原に初めて案内され、現世を忘れさせる風景に度肝を抜かれるばかり。そこへまばゆいばかりに美しい花魁の道中。黒塗り三つ歯の下駄を履き、大勢の供を引き連れて、吉原一の美女とされる兵庫屋の八ッ橋が通り掛かる。茫然と見とれる次郎左衛門に、花道で振り返った八ッ橋が、にっと婉然たる笑顔を投げる。最高の見せ場となる「見染め」の場。この笑顔に魅せられて、次郎左衛門は八ッ橋のもとに通いつめ、〉(本書より)
 と、なり、大悲劇が始まることになる。男は女の笑顔に、ましてや自分に向けての笑顔には、弱いものである。それが、吉原一の美女となったら、どーなるか。一生どーなってもいい、という気にならないほうがどうかしているだろう。
 〈勘三郎(勘九郎改め)は、坂東玉三郎の八ッ橋を相手に次郎左衛門を演じた。父親の先代勘三郎が得意とした役で、八ッ橋を演じたのは亡き六世中村歌右衛門だった。舞台の次郎左衛門だけではない。この歌右衛門の笑顔に魅せられて、多くの文化人たちが歌右衛門ファンになってしまい、歌右衛門は不世出の立女形になったのだった。〉(本書より)
 著者も、この笑顔に魅せられてしまった。そして、その笑顔を求めて、行動にうつるというか、さがし求めるのである。その模様が本書に書かれてあり、面白い。
 〈(カメラマンを頼んで、)「あの舞台の美しさは何だったのだろう」公演の間に、福助を楽屋に訪ねた。単に笑っただけではない。あの「作られた笑顔」には、どんな秘密があるのだろう。どんな工夫があったのだろう。福助は無造作に答えてくれた。「それは企業秘密です」〉(本書より)
 そして、著者は、福助の笑い顔に関連して、(東野英次郎の「水戸黄門」の「カッ、カッ、カッ」と笑う)田舎の高校(旧制中学)の大先輩であった東野英次郎に
〈後輩のよしみで軽い気持ちで頼んだ。「東野さん、あの笑いをやってみせてよ、それを写真に撮りたいんだ」「馬鹿もの!」と、即座に一喝された。「簡単に笑えるか。一週間かかって、最後にやっとできる顔なんだ」〉(本書より)
 一週間かかって、とは、毎週の「水戸黄門」の番組だったことからだろう。その笑いの秘密や〈能楽評論家の山崎有一郎〉に教えられたことなど、能楽の舞台での六〇〇年の積み重ねの工夫の笑いが本書で語られている。「ハッ、ハッ、ハッ」など軽い笑いではない。







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