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評者◆小嵐九八郎
戦前と戦後の精神の歴史的な俯瞰――大江健三郎著『水死』(講談社,本体二〇〇〇円)
No.2953 ・ 2010年02月13日




 ちゃんとした出版社の「日本史」の年表を捲ると、フランス大革命の発端であるバスチーユ監獄の襲撃が出てこない。大学のセンセが編集していて、ま、この狭さ、いや、あほさについては笑いが凍える。その上で、近代とは、物理的には十八世紀のワットの蒸気機関の改良、思想的にはJ・J・ルソーの登場だろうが、哲学的には、十七世紀、デカルトの「コギト・エルゴ・スム」、つまり、「俺は考える、だから、俺はある」という〝意識\"〝理性\"ついには〝知性\"の確立だと考える。
 しかし、当方は、近代主義の先端とも思える新左翼を二十余年やっているうちに、マルクスが歯の立たない荘子に獄中で出会い、はたと困惑したが、ま、許せぬ党派もあり、あれこれやるしかなかった。つまり、近代への疑いは、強烈なのである。然りとて、自動洗濯機とかIHとかFAXに頼っている生活であり、近代の否定ばかりしているわけではない。今と、その次を考えてしまう。
 おっと、大江健三郎氏の『水死』(講談社、本体2000円)の続きである。ふっふ、この主人公の〝私\"は長江古義人である。大江氏の小説に、この古義人はさまざまに出てくる。形や姿を変え、必ずしも、主人公や、書いている本人の別のありようではなく。デカルトに、その秘密はあろうか。
 大江氏の『水死』は、次を悶えながら見つめ、今のところ、直感でしか記せないけれど、〝未完\"であろうか。〝私\"と、もう一人の主人公の、実につらいが、こだわり、あっけらかんとゆこうとする女、ウナイコにそれは暗示されている。
 いや、その前に。『水死』における、登場人物の、ひどく個性的、引っかかり的、魅力的なさまはどうなんだろう。ウナイコだけでなく、大黄さんという右も左も兼ねて単純にして誠を行為に示す心、顔、形は。これだけでもエンターテインメント作家は、茫然として、竦む。小説上の人物とは、生きるのだ。
 回りくどかったけど『水死』は戦前と戦後の精神の歴史的な俯瞰となっている。読まにゃ、損。九八郎は、エッセイで嘘はつかない。
(作家・歌人)







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