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評者◆内堀弘
蔵書の行方――近代詩集の大コレクター、小寺謙吉の蔵書が動いた
No.2952 ・ 2010年02月06日




 某月某日。以前この連載(第108回)で、近代詩集の大コレクターと云われた小寺謙吉氏に触れたことがある。この人のコレクションは現存数部の稀書までを網羅した見事なものだったが、一方で蒐集のためには言葉巧みに借り出しては返さないとの悪評が新聞記事にもなるほどだった。そうまでして戦後最大と云われる詩集の大コレクションを作ったが、八〇年代の初頭に氏が亡くなると、その膨大な蔵書は忽然と消えてしまう。住んでいた家はなくなり、遺族も消息を絶ってしまったのだ。何もかもが消えた。そして四半世紀。執念の小寺蔵書はその片鱗もみせなかった。
 ところが、昨年の暮れのことだ。東京郊外で開かれた小さな入札会に四十点ほどの古い詩集が出品された。竹中郁の第一詩集『黄蜂と花粉』、名古屋で発行された幻のシュルレアリスム雑誌『夜の噴水』、中原中也『山羊の歌』の自筆葉書付などどれも逸品ばかりだった。何冊かに旧蔵者に宛てた手紙やDMがはさまっていて、その宛名は小寺謙吉となっていた。
 小寺蔵書が動いた。いきおい全国から古書業者が駆けつけてどれも高値となった。いったい小寺蔵書はどこにあったのか。もちろん出品した業者は口にしない。区営住宅で身寄りのない老人が亡くなり、その遺品整理で引き取ってきたという噂話を耳にした。こんなときには見てきたような憶測がいくつも飛び交うものだが、どの物語もこの四十冊ほどしか残ってなかったという点では共通していた。では、あの厖大なコレクションはどうしたのか。
 数日後、私は郊外の古本屋で『野球燦爛』(昭39)という詩集を見つけた。著者の小寺和夫は謙吉の本名で若い頃に一冊だけ詩集を出している。限定55部の内、この本は表紙に肉筆絵が描かれた特装5部本で、しかも第1番本となっていた。著者の手許にあったものにちがいない。いくらか面識もある若い店主に事情を話すと、十二月のはじめに、十冊ほどだったが古紙回収業者が持ち込んだ口だと教えてくれた。この人(小寺)に宛てた署名入りの本もあったそうだ。
 この四半世紀。伝説のコレクションはどんな道行きをたどったのか。幸せな気配はおよそ感じられない。
(古書店主)







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