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評者◆伊達政保
戦争の日々を生きた人々の日記を基礎資料に時の流れの「気分」を浮かび上がらせる――朝倉喬司著『戦争の日々』上下(現代書館)
No.2952 ・ 2010年02月06日




 「天皇から娼婦まで、戦時下日本の実況ドキュメント」とサブ・タイトルされた、朝倉喬司著『戦争の日々』上下巻(現代書館)。昨年頭に上巻が出版され、下巻はいつ出るのかと思っていたところ、12月8日の奥付で年末に完結した。読み終えて、この時間差発行方法には、ある意図もあった事に気付かされた。
 昭和13年元日から昭和20年8月までを、戦争の日々を生きた人々の日記を基礎資料として描かれたドキュメントである。戦争経過を明らかにした実証的歴史書でもなければ、戦時下にあえぐ民衆史でもない。著者があとがきで言うように、「人々の日常に、戦争がどんな位相で立ちあらわれていたか」を「具体的に、臨場感をもって」再現しようとしたものである。使われている日記も、庶民から著名な作家、演芸人、軍人、政治家、重臣、皇族に至るまで、あらゆる立場、階層の物を引用してある。永井荷風、伊藤整、井伏鱒二、山田風太郎、古川ロッパ、近衛文麿、原田熊雄、東郷茂徳、細川護貞、高松宮宣仁等、出るは出るは。そればかりではない。新聞、雑誌や流言蜚語を集めた警察資料等にまで至っている。歴史的に、いわゆる一級資料と言う物ばかりを並べ立てる方法論は、著者には無縁なのだ。そこに浮かび上がるのは、時の流れの「気分」といったものである。
 「気分は戦争」、それがあの時代の国家中枢から庶民に至るまで取り込まれていった、時世の流れと言うしかない。恐るべきことに国家戦略、軍事戦略、政治政策に至るまで、戦争判断に至る経過は、精緻に検討され尽くした合理的結果ではなく、日本を上から下まで覆い尽くした「気分」なのである。そうした気分を著者は「大衆社会ならではの戦争への推力」と表現し、それを段階的に「名分を振りかざしての走行」から「機会主義的な前のめりの疾走」へ、そして「夢魔にでも取り憑かれたような狂走」と分析している。
 戦争の気分が蔓延する前に広がった「赤マントと青マントの怪人」の噂に、明治期の血税一揆の伝承を重ね合わせ、「戦争」に突入する時代への民衆の不安感を分析するところなど、著者の独壇場である。しかし考えようによっては、明治の日清・日露戦争の時代から日本は「気分は戦争」の時代に突入していったのではないか。「坂の上の雲」などまさにそれである。
 昭和13年も今年も同じ寅年である。ここ数年来日本の「気分」は、今日はあちら明日はこちらと、その方向性を変えながらも、その勢いを増しているようにオイラには思えるのだ。今更「ファシズムの大衆心理」を持ち出すまでもないだろうが、厄災まで一瀉千里の年にはしたくないものだ。







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