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評者◆藤田 進
濃縮されたパレスチナ人の怒りのマグマはどのように噴出するのか――パレスチナ人連帯・イスラエル批判の民意はイスラエル内でも広まりつつある
No.2952 ・ 2010年02月06日




 昨年パレスチナは、イスラエル軍ガザ侵攻による住民大量虐殺と徹底破壊が続くなかで新年を迎えた。3年にもおよぶ国境封鎖と兵糧攻めでガザ住民をしめつけてハマースから離反させようとしたが離反は起きず、業を煮やしたイスラエルは、ガザ壊滅軍事作戦を企てたが、ハマース政府はやはり崩れなかった。2009年は、空爆による多数の人的犠牲とライフ・ライン壊滅状態のなかに立たされたガザ住民をイスラエルが長期封でさらに苦しめるなかで過ぎていった。
 そうした中、封鎖下のガザ住民150万人に食糧・医薬品数万トンを届けようとする国際民衆連帯支援の輸送キャラバンがエジプト経由で到着、新年1月6日、キャラバンはガザへ入るためエジプト・ガザ境界線のラファ通過地点を通過した。そのときエジプト軍治安部隊がキャラバンに圧力を加えて双方衝突の事態となり、ラファは緊張と不安の頂点に達した。
 〈ヴィヴァ・パレスチナ・コンヴォイ〉と名づけられた輸送キャラバンは、英国拠点の団体『ヴィヴァ・パレスチナ』が送り出したもので、キャラバンには世界中から集まった500人以上の支援者たちが付き添っていた。そこでの衝突の経過について、付き添ってきた英国国会議員George Gallowayと同行取材のPRESS TVは、次のように伝えている(http://presstv.ir/detail.aspx?id=115128§ionid=351020202)。
 キャラバンは最初、紅海沿岸のアカバ港で荷物を陸揚げしてガザへ運ぶという最短コースを考えたが、エジプト政府に上陸を拒否された。その後トルコ国会議員団の仲介で、エジプトはキャラバンが地中海沿岸アル・アリーシュ港に上陸して、そこから支援物資をガザへ運ぶことで合意、キャラバンはその約束に従ってアル・アリーシュ港で陸揚げした支援物資を運ぶトラック210台の用意をした。だがエジプト政府は荷揚げ段階で、物資の4分の1をイスラエル経由でガザへ運ぶよう要求した。イスラエル経由物資がガザに着かないのを承知の上でその要求をもちだすエジプトは不誠実であり、先の約束に違反するとキャラバン側は拒否し、アル・アリーシュ港で長いこと足止めをされた。その間ラファの通行所は、閉鎖されたままだった。1月5日、カイロのエジプト政府は、ラファ通行所はエジプト・イスラエル国境の通行所であり、ガザへ直接向かう者の通過にはイスラエル政府許可が必要と主張して、キャラバンが支援物資をエジプト領からガザへ搬入するのを拒否する決定を下した。だがアル・アリーシュ港でキャラバン支援者たちがエジプト治安警察と衝突して55人の負傷者、約60人の逮捕者をだす事態となるや、エジプトは先の決定をとり消して、キャラバンが支援物資をガザへ搬入することを許可した。エジプトはその後も、ガザ入りする支援者数の大幅制限や、59台の車両のラファ通過を認めず、支援者に物資を降ろさせ手に持って運ばせるなどの圧力をかけた。そして1月6日、キャラバンがラファ通行所に到着した。そこから荷物を運び入れるときの様子を、Al‐Quds al‐Arabi紙、1月7日付社説はこう伝えている。「エジプト治安部隊はキャラバンに投石したり、殴りかかったりした。エジプト軍がそのようなことをするとは、誰も思いもおよばなかった。包囲下の飢えた人びとに連帯しようとするこれらの人びとへの出迎えが、流血の衝突と化し、少なくとも20名の負傷者が出て病院に搬送されることになろうとは、予想さえしなかった」
 ところで、エジプト軍治安部隊の暴行は、ガザのパレスチナ住民にもおよび、住民8名を負傷させるとともにエジプト人兵士1名が何者かに射殺されるという事態まで招いた。「エジプトはガザとの境界線14キロにわたって、金属の支柱と地下探査装置とからなる強固な隔離壁の建設工事をすすめており、工事は、封鎖下のガザ住民が境界線の地下にトンネルを掘って武器を含むあらゆる密輸活動を阻止するという治安対策強化の一環としておこなわれていた。パレスチナ住民たちは、その工事に反対する抗議活動をしていてエジプト軍の暴行を受けたのである」(Al‐Ahram Weekly:A tale of two fronts:http//weekly‐alahram.org.eg/print/2010/981/eg3.htm)。
 「密輸のための地下トンネル」というが、それが包囲下のガザ住民にとっていかに重要であるかについて、『朝日新聞』09年11月24日付の井上特派員報告が伝えている。「地下5メートル、エジプト側の出口まで約750m」の構造の「稼働しているトンネルは約400」あり、トンネルは「ガザ住民150万人の衣食住を支える」「生命線」となっており、「食料品、衣服、建築資材、ガソリン、羊などの家畜、冷蔵庫、バイク」などがガザに運び入れられている。また「失業率が6割に達しているというガザでは、失業者が職を求めてトンネルに殺到。従業者は1万5千人に達し」ており、「07年以降、作業員約120人が崩落事故やイスラエル軍による空爆で命を落としている」という衝撃的現実も地下トンネルにはある。エジプト政府の今回の圧力は、封鎖がなくならない限りガザ住民の命綱を断ち切る行為に等しいといえるだろう。
 先のAl‐Quds al‐Arabi紙社説は「エジプト政府が……イスラエルの門番になりさがったことは残念でならない」と書いている。この「エジプトふがいなし」の思いは、かつてエジプトがアラブ民衆の苦難に立ち向かう誇らしさにみちていた時代のことが思い出されているからではなかろうか。だが、エジプトは、「中東和平」路線の重要な一翼として欧米やイスラエルとの共同歩調を最重要視する国家となっている。
 エジプト軍治安部隊の蛮行に接して、ラファ境界線付近のエジプト人露天商ウンム・ムハンマドは、次のように語っている。「2008年1月、イスラエルがガザを封鎖するなかで、ガザとエジプトを唯一結ぶラファ通行所の開門をエジプト政府が制限したとき、それに怒ったパレスチナ住民数十万人は境界線沿いの隔離壁を突き破る行動に出た。パレスチナ人が地下トンネルを掘って食糧、薬・医療器具などの生活必需品や占領抵抗闘争に必要な武器を持ち込もうとするのを、エジプト政府がさまざまな治安対策を講じて阻止しようとする現在、彼らの怒りは以前よりも格段に高まっている。なぜ、パレスチナ人たちはトンネルを掘らねばならないのか? 権力者はゴタゴタを終わらせたいならば、まずそのことを問うてみるべきなのだ。エジプトの治安対策が強化されるなかで今後何が起こるか、誰にも予測できはしない」(Al‐Ahram Weekly,ibid.,)。
 米国オバマ政権の中東政策が現地住民の平和にむけての積極的な舵取りをしないことが明らかとなったいま、イスラエルによる弾圧がパレスチナ自治政府やエジプトの全面的協力をともなって今年も続く絶望的方向が予測される。しかしその一方で、〈ヴィヴァ・パレスチナ〉キャラバンにみるように、パレスチナ人を封鎖の中に孤立させず支援しようとする取り組みが組織的かつ大規模に権力との対決も辞さない強い姿勢を伴ってあらわれてきている。パレスチナ人連帯・イスラエル批判の民意はイスラエル国内でも広まりつつあり、ユダヤ人入植地で反パレスチナの急先鋒だったユダヤ教ラビのメナヘム・ニューマンがいまではハマースとの対話の熱心な推進者であるという、予測もつかないこともおきている。抑圧強化と支援の民意の拡大と二つの流れの中にあって、絶望的封鎖状況の中で濃縮されたパレスチナ人の怒りのマグマはどのようなものとして噴出するのか。ウンム・ムハンマドの言葉が不気味である。
(東京外国語大学名誉教授/中東・アラブ近現代史)







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