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評者◆小嵐九八郎
父親の残した赤革トランクの中身は――大江健三郎著『水死』
No.2951 ・ 2010年01月30日




 ある私大の卒業予定学生への試験があり、「文学の危機の原因と、その突破の方向」という問題を出した。俺だって解答は持っていないが、学生の知恵を借りたいと考えたからだ。原因についての多くの答えは「ゲームやパソコン、携帯電話の方が楽しいし、気軽」だった。が、一人、「今の若者は闘うことを知らないから」と答えたのがいて、おっ、ま、その理由の幾つかは我我にあり、心が痛むのでもあるけれど。ろくに答えを記さず、当方の最新作の感想を記した学生も一人いて、計二人にはA、つまり、優を進呈することにした。
 ところで、凄まじく興奮的な小説を読んだ。娯楽小説は月七冊は読むのだが、去年読んだSさんの時代小説、Hさんの推理小説、Kさんの恋愛小説がベスト3かなと思っていたのに、それより遙かにスリリングなのだ。そもそも、文章が今までより軽快、解り易い。
 この小説を引っ張っていくのは、敗戦直前に大水の中で一人、ボートに乗ってどこかへ行ってしまい死んだ父親の残した〝赤革のトランク〟の中身は何かである。母親も妹も、この中身について口を噤んでいたので、主人公の〝私〟は、うっすらした記憶や、度重なる夢の中だけではなく、現実に求めていく。
 その進行は、演劇の成立と破綻、知的には〝遅れて〟いるが音楽に秀でていて今や中年となった息子に「バカ」と怒鳴ってからの喧嘩と仲直りまでの屈折、漱石論(これが、また、楽しいのだ)、妻の病、主人公の肉体的衰え、作家としての終末(いえいえ、この小説を読む限りではとんでもないっ)への焦り、自らの作品への反省つうか皮肉(うーん、ん、いい根性です。ごめんなさい、一部当たっているような)と共にゆく。いかにも、自らの現実を描くようにして虚構へと読者を引きずり込んでいくのである。読み違いが――ここは、いつか書く。
 〝赤革のトランク〟の中身は、つまり、父親の死の謎であり、これだけで本格ミステリー以上で、ここには戦前と戦後の断絶と連続、天皇制と、〝私〟までぎっしり詰まっていた! あ、はい。『水死』という小説で、講談社から、税別2000円で大江健三郎氏の最新作です。書き足りない。
(作家・歌人)







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