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評者◆稲賀繁美
妖術の効能:新植民地主義の現実と小説という虚構世界の可能性:フェリックス・ウロンベ・カプトゥ『役立たずの守護天使』を読む・上
No.2950 ・ 2010年01月23日




 コンゴ南東端、カタンガ州の首都、ルムンバシの大学に勤めるひとりの教授が、ある日、幼馴染の旧友から電話で誘いを受ける。友人は国家安全局の地方長官になっていた。久闊を叙すはずの会合は、しかし瞬くまに尋問の現場へと変貌する。「君は最近日本から戻ったと聞いた。その目的は何だ。」容疑は日本からの武器密輸と、学生を扇動しての国家転覆にあった。
 図書館もなく、研究費もなく、月給も遅配が続き、学生への留学資金もなく、研究成果出版の機会もない。だがその現状に不平を述べることは「政府に対する侮辱」であり「国家指導者に対する反逆」と見なされた。かくして政治とは無縁なはずの一介の大学教授は逮捕され、首都キンサシャに空路移送のうえ、環境劣悪な地下牢獄に繋がれる。
 フェリックス・ウロンベ・カプトゥ教授の初の小説『役立たずの守護天使』は、作者自身が体験した、この俄かには信じ難い「でっちあげ」事件を下敷きにする。実際の作者は、アムネスティー・インターナショナルの介入によって救出され、北米に脱出したが、故郷の大学の研究室は、すでに現政権側指名の後任者が占拠していた。それ以来、カプトゥは日本を含む外国での亡命流離を余儀なくされている。帰国が発覚すれば即刻再逮捕される危険があり、ふたたび捕まった場合には命の保証もないからである。養子を含む4人の家族は、現在隣国ザンビアのカトリック系難民集落での生活を強いられている。
 だが、このアフリカの知識人が卓越したフランス語で描きたかったのは、自分の身に発生した忌むべき事件の顛末ではない。むしろそこには「大河」の湾曲部での幼少時代の記憶が細部も豊かに描かれ、村に現れたカトリック神父の行状が回想される。少年たちに夢を植え付けた白人上級司祭は、ベルギー出身の植民地主義者であり、実際には土地の女性を寝取っている。解放神学がブラジル経由で浸透するや、新参者の司祭との間に、陰湿な主導権争いも発生する。
 そうした環境で成長を遂げた少年ボヴェカ・ジョルジュが、物語の主要な語り手だ。長じて国家安全局地方長官に抜擢された彼は、自らの保身のために、友人を無実の罪で獄に繋ぐお芝居に加担せざるを得なくなる。良心の呵責に身心を磨り減らす彼は、この超自我による裁定を、無辜の友人が獄中で操った妖術ゆえの幻覚に違いないと信じ込む。
 ボヴェカを襲った幻覚の悪夢。この精神疾患のうちに、新植民地主義の矛盾が、錯綜した醜態を露呈する。脆弱な権力中枢は、ルワンダ紛争の悪夢を下敷きに、実体もない地方叛乱を捏造し、反逆者たちを調伏しつつ恩赦を施すことで人心を掌握し、かくして欧米諸外国からの援助を確保し、それによって国家秩序と特権階級の独占権益を守ろうと努めていた。
(以下次号)
(国際日本文化研究センター研究員・
総合研究大学院大学教授)







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