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評者◆内堀弘
森繁久弥の向こう側――得難い逸品であった「森繁久弥の自筆原稿40枚」
No.2948 ・ 2010年01月01日




某月某日。古書の入札会に行くと「森繁久弥の自筆原稿40枚」が出品されていた。ニュースになると関連したものはすぐに出てくる。このときも、どうということなく原稿を手にしたら、なんだか引き込まれるように読み始めてしまった。
 特別に面白いというのではないが、筆跡にとても勢いがあるのだ。話の中身より、語り口に引き込まれる、というのに似ているかもしれない。まるで喋るように書いている筆跡には明らかに才気を感じさせた。これはオリジナルでしか伝わってこないものだ。たちまち欲しくなってしまった。
 と言っても、森繁の原稿の相場は分からない。思い切って入札をしたが、ベテランの映画文献の専門店にあっけなく負けてしまった。
 ところが、戻ってからインターネット「日本の古本屋」で検索をすると森繁の原稿は一つもない。三百万件ほども載っている中に一つもないのだから、そうか、あれは得難い逸品であったのだ。私の中に、にわか森繁ブームが起きてしまった。
 出身の旧制北野中学(現北野高校)を調べると先輩に梶井基次郎がいて、同期卒業には野間宏がいる。へぇーと思いながら見ていると75期卒業生には、福知山線脱線事故のときのJR西日本の恒内剛元社長と連合赤軍の森恒夫の名前が並んでいる。同窓はまことに濃い。
 森繁は、知られるように満州でアナウンサーをしていた。満映のナレーションも手がけたようで、甘粕正彦との交流もあったという。
 森繁の原稿が買えなかった日、同じ入札会で私は『日本語』(昭16、日本語文化協会)という雑誌を手に入れた。この時期の文献に「国語」ではなく「日本語」とあるのは、大東亜共栄圏建設のための言葉、つまり「日本語」を普及させる教育的な意味合いをもつ。この雑誌もそうした趣旨で出されていて、編集兼発行人は福田恆存だった。ふと福田の生年を調べてみると、森繁とは一つしか違わない。なるほど同世代だったのか。
 森繁-甘粕正彦-福田恆存-大東亜共栄圏-野間宏-連合赤軍。買えなかった原稿の向こう側に「昭和」が拡がる。と、また一つ妄想を抱えながら年が暮れる。
(古書店主)







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