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評者◆秋竜山
一円を笑う者は……、の巻
No.2945 ・ 2009年12月12日




 ある時、ある画廊の主人に言われたことがあった。「秋さん。一円でも値がついたら、その絵を売りなさいよ」。私は「ハァ……」と答えた。「エッ!! たったの一円ですか」と言おうとしたが、画廊の主人のいう一円には深い意味があるような気がしたので、口には出さなかった。この話はこれで終わりである。しかし、この時のことが忘れずにいるということは、いったい何だろうか。いくらなんでも、「一円なら買いましょう」と自分の絵を評価されたとしたら、実際問題として、自分自身にどう説明してよいことやら。そんなこと現実にありえないことではあるが、ネ。が、こういうことも考えた。(これは二十年も三十年も前のこと)当時、私はスケッチ(写生)に、自分でもどーかしていると思うくらいにのめり込んでいた。風景スケッチであった。チリもつもれば部屋いっぱいとなる。スケッチ画もたまるもんだなァ!! と、驚くほどだった。整理がてらに数えてみた。一万点を越えていた。早い話、仕事部屋の床がぬけたらどーしようかと心配した。サテ、その一万点を越えるスケッチ画である。これは、大問題であることに気づいた。このスケッチ画の中から一点をぬき取って、「一円也」の値であったら、もしかしたら買ってもいいという人があらわれるかもしれない。ところがである。一万点という数字。一点一円とすると一万点だから一万円となるわけだ。サァ!! どーする。どーなる。一万円も出すこと、まっぴらごめんであろう。一万点のスケッチ画を家に持って帰ってどーする。置き場にも困ってしまうだろう。それよりも、なによりも、一万円という金額は、一円とはくらべものにならない。一万円もあれば、かなり欲望をみたすことができるだろうが、一円では……。道ばたに一円玉が落っこちていてもひろう気がしないものだ。……なんて、空想したりしたものであった。あの画廊の主人の助言とは、まったく別の意味に話がそれてしまっているだろう。売れる絵は売れる。売れない絵は売れない、というのが絵である。峯島正行『荒野も歩めば径になる――ロマンの猟人・尾崎秀樹の世界』(実業之日本社、本体一九〇〇円)を読んでいたら、面白い場面にぶつかった。
 〈「いい話があるんだ。いまな、早乙女、小林と話して三人で展覧会をやろうということになった。そのマネージメントをやれよ、そこに出す絵や書を売って、君がマネージメントをすれば、この会社の収入になるではないか」と尾崎がいった。「できますか」尾崎は、早乙女、小林を前にして「大丈夫、大丈夫、いずれ相談会をやろう」と成算ありげに頷いた。尾崎の企画力や、先を見通す才はこのように発揮されるのか、と展覧会が成功した後で、悟ったことであった。〉(本書より)
 結果は完売に近い成績であり、大成功をおさめた。
 〈オープニング・パーティーは、三人の友人、マスコミの人たち、それに銀座の美女軍が加わり、大賑わいだった。(略)売れたその代金の大半は、今後の飲み代として取り戻されるのは承知で、三人は大喜び。〉(本書より)
 読んでいてニコニコしてくる場面である。売れる絵の話ってたのしいものだ。それにしても、一円の絵って、どんな絵だろうか。見てみたいものだが、描いてみたいとは思わない。







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