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評者◆佐々木力
(2)狭いトロツキズム思想を自己解消させ、創党を見た反資本主義新党
No.2943 ・ 2009年11月28日




 けれども、このマンデルですら、ソ連邦の解体などの行く末を予見したり、その歴史的現実に有効に応えることはできなかった。ただし、一九七〇年代末に、第四インターナショナルの決議「社会主義的民主主義とプロレタリア独裁」を起草し、偏狭な独裁思想を戒め、社会主義的複数主義を打ち出したことは、先駆的意味をもつ思想的試みであった。一九七〇年代中葉以降のヨーロッパ・トロツキストは、その思想のもとで活動を展開したと言うことができる。日本のトロツキスト活動家の大部分は、私が仄聞するかぎり、「社会主義的民主主義とプロレタリア独裁」に関する決議が社会民主主義への妥協ではないかというような否定的対応をしたのではあるまいか。このことは、一九八〇年代以降の日本トロツキズム運動のある種の偏狭さを顕わにしており、ヨーロッパと日本のトロツキズム運動の彼我の差を如実に表わしている、と私は思う。



 マンデルは、第四インターナショナルの指導者にして、ブリュッセル自由大学教授をも務めた経済学者であった(妨害にもかかわらず、一九七一年以降教職に就き、一九八六年に教授就任)が、彼の死後のトロツキズム運動の思想的生命を支えている最大の理論家はパリ第八大学教授の哲学者ベンサイドであろう。彼は、マルクス主義などは死んでしまったのだとするような逆風の只中の一九九五年に『時ならぬマルクス』という標題のマルクス論をもって、反時代的なマルクス主義擁護の書を世に問い、時代に大胆に挑戦した。ベンサイドは、フランスのみならず、世界的に見ても、マルクス主義理論家の最大の代表者と見なされるようになっていった。
 一九九〇年代半ばから、フランスの左翼地図は大きく変容するようになった。ソ連共産党と共同歩調をとっていたフランス共産党が大きく地盤沈下し、労働運動の左翼的潮流を地道に担い続けたトロツキストたちが、相対的に地位を向上させ始めた。その最初の動きは、「労働者の闘争」(リュット・ウヴリエール)というかなりセクト主義的傾向の強い組織のアルレット・ラギエという女性トロツキストによって踏み出された。そのことは、九五年の大統領選挙で、ラギエが共産党を凌ぐ五%ほどの得票を勝ち得た事実から明らかになった。ところが、その後、ラギエら「労働者の闘争」派は、第四インターナショナル・フランス支部のLCRとの共闘を潔しとはしなかった。それで、二〇〇二年の大統領選挙にあたって、LCRは二十七歳の郵政労働者のオリヴィエ・ブザンスノーを立てて闘うこととなった。ところが、ブザンスノーは意外な高得票を勝ち得ることができた。注目すべきことに、トロツキスト諸党は、全体として一〇%を超える得票数を数え、共産党の三%余の三倍にもなる得票を獲得しえた。これは、フランス共産党の没落ぶりを如実に物語る事件であった。さらに二〇〇七年の大統領選挙で、ブザンスノーは、共産党候補を上回ったのは当然として、「労働者の闘争」をも凌ぎ、左翼では、実質的に、社会党の次の地位を確保するにいたった。この時の経験がLCRの新党結成への決断にとって決定的役割を果たしたと見て大過ないだろう。新党結成にいたるこのような経緯については存分に文書化されている。
 九〇年代に入って思想的危機に陥った共産党の幹部たちは、クリヴィンヌやベンサイドの説得に応じ、LCRの党学校に通うようになった。九〇年代末には、社会党、共産党、緑の党、「労働者の闘争」、LCRの左翼五党は常に選挙協力を図るようになった。第一段階目でそれぞれの候補を立てて選挙闘争を闘うにしても、第二段階目では一致して左翼統一候補に投票すべく協力しようとする協定であった。保守勢力に一致協力して対抗する姿勢の現われであると見ることができるが、私の見るところ、セクト主義を徹底して排するクリヴィンヌの政治的包容力、LCRの包括的政治思想が効力を発揮した結果であろう。
 二〇〇七年にLCRが左翼では社会党に対抗しうる政治勢力となり、二〇〇八年秋、世界資本主義に破局的危機が到来するや、資本主義を改良主義的に支え続けてきた社会党の政治的地位は急速に下落するようになった。それで以前から反資本主義の政治的プログラムを掲げてきたLCRの政治思想的地位は一挙に注目を浴びるようになった。こうして、狭いトロツキズム思想を自己解消させた結果、創党を見たのが反資本主義新党だったのである。



 反資本主義新党の理論的指導者はベンサイドであり、その社会運動面でのスポークスマンはブザンスノーである。ブザンスノーとベンサイドは、二〇〇九年初頭、『党を手に入れよう――二十一世紀の社会主義のために』(「党を手に入れよう」の原文フランス語は「旗幟を鮮明にしよう」の意味にもなる)なる共著をパリの出版社から世に問うた。この著書がはっきりと述べているように、この書物は別に反資本主義新党の綱領的文書というわけではない。しかしながら、新党創設にとって最も重要な役割を果たした理論家と活動家のチームワークがうまく機能してできた本として手にとることができる。(東京大学大学院教授・日本陳独秀研究会会長)
――つづく







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