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評者◆内堀弘
古本屋弾圧事件――中村春雄の一文(昭和31年の『古書月報』)で初めて知った
No.2943 ・ 2009年11月28日




 某月某日。ここのところ二十代、三十代の若い古本屋さんが増えている。そんな一軒から届いた古書目録の「当店の蒐集分野」に「宮武外骨、酒井潔、梅原北明」という近代の畸人たちに並んで「赤軍、過激派」とあった。なるほど、赤軍派は近代日本変わり者の系譜に収まるのであった。
 調べごとがあって東京古書組合の機関誌『古書月報』のバックナンバーを読んでいたら昭和三十一年の一冊に「古本屋弾圧事件の思い出」(中村春雄)という一文があった。そんな事件を私は初めて知った。
 昭和十七年のことだ。その頃、厳しい統制の中で発売禁止の古本の枠はどんどん拡がっていたが、それでも古本屋にはそうした本が集まってきたらしい。というのは、出征する若者が蔵書を整理するときに、発禁の思想書や哲学書の処分も古本屋に任せたからだった。そうやって引き取った本は信頼できる常連客にそっと売ったり、やはり客から頼まれている同業に回すこともあったという。裏側ではわりと活発に流通していたというのが意外だった。
 夏のある日、中村に言わせると無類の善人である郊外の古本屋が摘発された。同業から回してもらった発禁書を、まさかこんなところにまで特高は来ないだろうと棚に並べて売っていたというのだ。中村はその無神経さを嘆くが、この店の自供で十名ほどの古本屋が次々と検挙された。中村も連行され、誰から買った、誰に売ったと、竹刀で滅茶苦茶になぐられる。一緒に逮捕された「中野の川名」と中村の二人が起訴され禁固刑となった。川名は、最後まで客の名前を口にしなかったため、拷問も一層厳しいものだった。半生半死の状態で出所して、しばらくして亡くなったという。事実上の虐殺だ。
 どういう巡り合わせか、若い古本屋から届いた古書目録に昭和十八年の古書組合員名簿が出ていた。5250円、私はこれを注文した。ずっと以前に消えてしまった店が、ここには出ていた。中村は春興堂という屋号で神保町の靖国通り沿い、つまり神田古書店街の一等地にあったようだ。川名は中野区上ノ原の川名書店とあった。東中野の駅からほど近いところだ。この名簿は昭和十八年七月末現在とある。有罪禁固刑になった二人を古書組合は除名にしていなかった。
(古書店主)







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