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評者◆齋藤礎英
宗教や死がもたらす「深み」が欠如(赤城和雄「神キチ」『新潮』)、どんな「闘争」が繰り広げられるのか楽しみ(保坂和志「未明の闘争」『群像』)
No.2942 ・ 2009年11月21日




 第四十一回新潮新人賞を受賞した赤城和雄の「神キチ」(『新潮』)は、読む者を妙に居心地の悪い状態に置く。伊作という屋根屋の男を中心に、宗教の小冊子を配って歩く元ヤクザ、神社で首つり自殺をしようとしている男、老婆同士の母娘、通り魔に襲われた女を「ハイパーゴッドエナジー」で救おうとする兄弟、金棒を振り上げた鬼が亡者を追いかけているパネルに死んだ夫と写っている写真を屋根の下に貼りつけ、死者と交信しているらしい施主の女、と妙な人物たちが宗教と死臭ただようエピソードを繰り広げる。だが、徹底して欠けているのが宗教や死がもたらす「深み」とでもいったものなのだ。そしてすべてがさして面白くもないギャグで処理されていく。
 元ヤクザの男は「医学から歴史からナニから、もうみな書いてありますからね。これ読めば、もうたいがいの事は分かるようになっとります」という小冊子を配るのだが、その教説の片鱗だにうかがい知ることはできない。伊作は「何度も繰り返しているうちに一心不乱に祈っている状態が訪れるかもしれないと思い、立ち上がって、いつの間にかカラスの二羽止まった十字架と神社の山を見ては正座してふし拝む、というのを繰り返してみた」といった具合に幾つかの箇所で祈りを繰り返すのだが、伊作を祈りへと掻きたてているもの、なにに祈りが向けられているのかは最後までわからない。元ヤクザは自分の知り合いに、破れたコンドームを神とあがめている男がいて、それだけ聞いても「冗談か、頭がオカシイのか」と思うが、その「理由を聞いてみると、これが筋が通ってるんですよ」と語るが、この小説に再び欠如しているのがその「理由」の部分なのである(破れたコンドームの神の「理由」も明かされない)。屋根から落ちて鎖骨を折った伊作が、病院で目を閉じて神様を思って浮かぶのが自分のアパートから見える神社の山で、「山は七色の光を放射してそのわざとらしい神神しさの度合いを上げ、山の手前にある教会の十字架の周りではラッパを手にした天使達が舞い、山の後ろの光の中からは宝船に乗った七福神が出現して笑いながら伊作のアパートの方へ大きく迫ってくるのだった。さらに、百円の小さな仏像、ドゥルガー女神、いつか写真で見たギリシア神殿の遺跡、トト神、フヌム神、赤いちゃんちゃんこを着た地蔵が入り乱れ、神社の山共々回転し始めた」とあるのが唯一、神についての具体的なイメージで、歴史も文脈もない掻き集めでしかない。かくして、理由も筋もない表層的なギャグの横滑りに終始するのだが、デフォルメした人物の登場しないごく普通の描写の部分がしっかりしているので、つるつると磨きあげられた表面に神や死のくすみを入れた具合が、ちょうど道端に雨ざらしになって、どうした具合でか妙な色艶がついたセルロイドの人形のようで、家に持ち帰るつもりには到底なれないのだが、通りすがりに見るぶんには楽しめるかもしれない。
 新発見されたナボコフの初期の短編「ナターシャ」(『群像』)は、「至るところ入念な直しが入り、挿入や修正の文字は肉眼ではとても読めないほど細かく、長いセンテンスがまるまる抹消されたかと思うと、その後下線を施されてまた蘇り、インクの染みの池の中にいくつもの言葉が沈没し、不完全な構文、書き間違いや省略も至るところにある」(沼野充義「発見され続けるナボコフ」『群像』)草稿から復元されたという。凝った文体を駆使した実験的なものではなく、『ニューヨーカー』にふさわしいような(英訳が掲載された)伏線があってオチがあるというごく伝統的なしゃれた短編なのだが、何気ない筆致で真実と虚構のあいだの(恋人となるふたりは互いに「ほら話」と「空想」を語り合っていたことがわかるのだが、ナターシャはヴォルフが「こんなに豪勢なでたらめ」を話してくれることに「熱い幸せに喉を締めつけられ」る)、生と死のあいだの(生と死は截然と無関係に別れているわけではなく、死者が生者に用事を頼むこともあるのだ)不可解な関係を垣間見させてくれて、やはり小説にはこれこれだと明言確定はできないまでも、なんらかの「理由」が確かな手触りとして感じ取れないといけない、と言いたくなる。
 今月から連載の始まった保坂和志の「未明の闘争」(『群像』)は、まだなにがどうなるのかさっぱりわからない。九年前の死んだ友人と会う「写実的な」夢から目ざめ、お濠を歩き、広場で妻が職場にもっていくのを忘れた昼食用のサンドイッチを食べ、古本屋を冷やかし、喫茶店に入る。そして待ち合わせした友人と会うのだが、この一連の流れが「いま」とどういう関わりをもつのかはまだ不明である。だが、冒頭の一段落目から、なにが起きてもおかしくないようなまがまがしさが漂っており、どんな「闘争」が繰り広げられるのか楽しみである。
(文芸批評)







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