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評者◆志村有弘
花本龍之介が力作怪談(『大衆文芸』)、柴田宗徳の正岡子規の妹を視座とする作品(『流氷群』)、小坂忠弘の人生の出会いと孤独を綴る「奇譚倶楽部」(『カンテラ』)
No.2940 ・ 2009年11月07日




 明治大正期を舞台とする作品は、今や歴史文学として読むべきであろうか。柴田宗徳の「子規の妹」(「流氷群」第52号)は、俳人正岡子規の妹が子規の文学活動と子規死後の自分と一族が辿った道を語る内容。一人語りの形式で展開するため、時にたどたどしさを感じないでもないが、労作である。
 乾宏の「圓城寺日胤」(「槇」第32号)は千葉常胤次男胤実(日胤)の生涯を描く歴史小説。常胤は千葉一族が長男と次男とに分裂する事態を懸念し、才気に富む胤実を僧にした。日胤は頼朝からの依頼で千日祈祷をしているとき、以仁王挙兵の知らせを聞いて馳せつけ戦死する。心ならずも僧籍に入ったものの、士道を捨てることができなかった日胤の姿が印象的だ。
 時代小説では、花本龍之介の「南北怪談地獄」(「大衆文芸」第69巻第9号)が圧巻。「東海道四谷怪談」の台帳ができあがる経緯と南北に弟子入りした卯之助が尾上菊五郎の妾と密通して死罪となるまでを綴る。卯之助の父親が菊五郎であったという意外性もきいており、構想・作品の展開も見事である。お岩様の祟りが随所に暗示的に示されるのも恐怖心を募らせる。登場人物もそれぞれ個性豊かに描き分けられており、詳細に論じてみたい作品である。
 小坂忠弘の「奇譚倶楽部」(「カンテラ」第22号)も力作。「私」は探偵小説同好会の奇譚倶楽部に参加した。会の人たちや女子大生麗菜の行動が描かれる。六十歳を過ぎた「私」は麗菜に恋心を抱くも、麗菜は結婚してしまう。横溝正史生誕の地を舞台に、「八つ墓村」が神功皇后が反逆者六人の首を刎ねて甲と共に埋めたとされる六甲山伝説にヒントを得たという話も面白い。作品に流れる哀感も看過できない。
 吉岡紋の「家族合わせ」(「九州文學」第529号)は、三人姉妹の末娘の眼を通して、戦時中を挟んで動乱の時代を運命に流されながら生きた一家の浮沈を克明に綴る。東京大空襲で焼死した父、父の郷里に疎開し、誠実に努力したものの癌で死去した母、そして二人の姉の悲劇的人生が達意の文章で展開する。人の世の運命の残酷さが痛感させられる。
 福井ゆかりの「貧乏神」(「てくる」第6号)は、公園で知り合った貧乏神がそのまま「私」のところに半年間住む話。契約社員の「私」は貧乏神が来ても生活は変わらず、豊かではないが、貧しいわけでもなかった。神様でも眠り、お菓子を食べる。特別なストーリーがあるわけではないものの、関西弁と相俟って奇妙な味わいを感じる。
 葉山修平の小説「新釈閑吟集」(「風の道」第3号)は完成度が高い。恋愛風景が随所に挿入され、『閑吟集』を根底に女子大生との対話・触れ合い等が綴られる。在原業平の老女伝説や中世女性の日記『とはずがたり』の投影が見え、性描写も抒情的ですらある。
 エッセイでは、中村晃の「近代小説と実存主義」(「春秋山形」第20号)に感銘。大江健三郎の「死者の奢り」に見るシジフォスの投影を指摘し、志賀直哉の「城の崎にて」を「立派な」随筆であるが「小説とはいいがたい」と論じる。哲学畑出身の歴史小説家中村の鋭い論が小気味好い。横倉忠二の「故郷北竜町と千葉との関係」(「海蛍」第2号)が吉植庄亮とその父庄一郎との関わりを記していて興味深い。北海道の詩人加藤愛夫や歌人鬼川俊蔵を調べれば更に内容が発展するのでは……、と思った。
 詩誌では「COALSACK」第64号が戦争の傷跡を訴える作品を多数収録している。くにさだきみの「闇の現」、水崎野里子の「広島平和記念資料館にて」、郡山直の「今夜も月が泣いている」、楊原泰子の「ビルケナウのタンポポ」、森常治の「八月の精霊」、鈴木比佐雄の「被爆手水鉢の面影」他があり、堀内利美の「人間を救うものは/人間自身なのだ!」という叫びに耳を傾けるべきである。
 短歌では、美濃和哥の「彗星」第4号掲載「暮れ果てし夏の夕べをぴいひゃらら月下美人のろくろっ首が」「松本清張読めば読むほど狷介な女になりさうさはさりながら」が面白い。しかし、微苦笑。
 俳句では、木田千女の「人生に躓きどほしビール飲む」の背後に存在する人生の重さを感じ、宮谷昌代の山頭火の句を踏まえた「山頭火に供ふうどんと冷奴」(「天塚」第191号)に再度微苦笑。文学の到達点の一つは微苦笑か。
 前回も書いたが、同人誌掲載の作品が単行本となるのを時々目にする。本所太郎が「杞憂」に連載した戦中戦時下の悲惨な状況を綴る『あの頃のスケッチ抄』(鳥影社)、藤蔭道子が「風の道」や「雲」掲載の作品を『慕情』(龍書房)、鈴木比佐雄が「コールサック」に書き続けた詩を『鈴木比佐雄詩選集』(コールサック社)としてまとめている。
 山本十四尾主宰の詩誌「墓地」が第66号を以て休刊となった。理由は判然としないが、山本をはじめ同人一同優れた詩を発表し続けていただけに残念である。また「季刊春秋山形」が第20号で終刊となる。評論・紀行など力作が多かっただけに、まことに惜しい。「槇」第32号が田村百代追悼号。ご冥福をお祈りしたい。
(文芸評論家・八洲学園大学客員教授)







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