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評者◆秋竜山
他人事の笑い、の巻
No.2939 ・ 2009年10月31日




 日本語しか知らないものにとって、日本語がむずかしいとなると、どうしてよいのか、わからなくなってしまう。野口恵子『バカ丁寧化する日本語――敬語コミュニケーションの行方』(光文社新書、本体七六〇円)。喋ることに自信がない。自信がないと、バカ丁寧語になってしまうものだ。超バカ丁寧語になったら、もう日本語ではなくなってしまうだろう。本書では〈私たちは八五郎の敬語を笑えるか〉という項目がある。
 〈「お殿様でござり奉りますか? お私ことァ、お八五郎様と申し奉りましてェ、きょう大家様がお呼び奉ったんでェ、なんだろうと思って行ってみ奉ったところ、お前のお妹様のお鶴様が、お子を産み奉ったから、これからお前はすぐにお屋敷へ行けと申し奉りましたァ、へーえ、お屋敷へ行けばご損はないなどと申し奉りましたァ」「その者の申すことは予には少しもわからん、予の前ゆえに無理に言葉を改めておる。朋友にもの申すようでよい伝えよ」〉(古今亭志ん朝「妾馬」京須偕充編「志ん朝の落語4 粗忽奇天烈」、本書より)
 有名な落語である。有名とは笑わせてくれるということを意味する。おかしいから笑うのだ。笑ってから、ハッ!!とすることがある。それは、「これは、笑えない」と思うのだ。「とんでもない、笑えない笑えない。笑うどころか、ゾッとしてしまう」と、思いがエスカレートする。そして、ついに「ヤイ!! 笑うな」となってしまうのである。他人事とした場合は大いに笑い転げることができる。落語というもの、落語の笑いというものは、常に他人事として笑ってしまっているのである。笑いの本質そのものが、そういうものかもしれない。他人事とは思えないという人は落語を笑うこともできないだろう。が、やっぱり笑ってしまうのである。
 〈制度としての大名や側室はもはや存在しないが、二一世紀に生きる私たちも、八五郎と同様に目上の人の前に出るときは服装を整え、無理をしてでも敬語を使う。生活様式も物の考え方も八五郎の時代とは様変わりしているにもかかわらず、身なりを整えることと言葉づかいを改めることに関しては、昔ほど格式張ったものではなくなったとはいえ、本質は変わっていない。〉(本書より)
 敬語を使おうとすればするほど、むずかしくなってくる。
 〈間違った敬語、おかしな敬語、二重三重の過剰敬語などを倣うことは避けたいが、現実には、あまり手本にならない敬語が私たちの周りに飛び交わっている。〉(本書より)
 八五郎にはなりたくない。そのためにも敬語を使わないことにする!! なんてことは、生きていく上で無理なことだろう。やはり、使わなければいけない時には使うことになってしまうだろう。で、敬語の勉強ということになる。「敬語学」というものが設立される。設立されても、されなくてもいいが、それによって日本人のすべてが敬語を上手に使えるようになったら、八五郎の敬語もなくなってしまうことになる。面白くない。笑えない。笑えない日本語ということになってしまう。つまらない日本語になってしまったら、日本語だけしか知らないものは、そんな日本語を使って生活しなければならないのか。……なんだか、つまらない。







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