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評者◆増田幸弘
これはルポじゃない
No.2938 ・ 2009年10月24日




 まだ記者の仕事をはじめて間もないころの話だが、原稿をチェックしてくれていたデスク役の先輩編集者に、「これはルポじゃない」といわれたことがある。その原稿は取材に基づいたものだったが、専門的すぎて、百科事典みたいな記事になってしまったものだった。論文からの引用もいくつか使った。

 デスクが「これはルポじゃない」ということで暗に指摘しようとしたのは、取材時の理解不足であり、取材不足だった。実際そのネタを書くには、研究者の書いた論文を引用することが手っ取り早く、また正確でもある気もしたが、そこには取材者であるぼくの「発見」はほとんどなかった。

 取材とは「発見」をすることである。ふらりと取材現場に出かけ、その出会いの中で記事をつくっていく。事前に調べたり、取材相手に電話でアポイントメントをとったりはするが、それはあくまでも入口であり、取材の過程で新たな「発見」があれば、最初の見取り図は修正されていく。それがルポルタージュのイロハである。そう思って仕事をしてきた。

 海外で取材するのも、日本で取材するのも、そう変わるものではない。ただ、取材先を選び、取材できるように交渉するのは、やはり海外のほうがはるかにむずかしい。実際、取材に取りかかるまで、準備に半年はいつも費やしている。連絡をしようにも連絡先がわからなかったり、やっとわかっても返事がないこともしばしばである。取材のコーディネイトを専門にしている人がいるのもうなずける話である。

 しかし、取材先を見つける段階からがすでに取材がはじまっていて、適切な取材先さえ見つかれば記事はできあがったも同然だと考えていることもあり、時間はかかろうとも、取材先は自分で探すようにしてきた。人任せにしてしまったら、それこそルポじゃなくなってしまうだろう。

 いつのころからか、企画の段階で決まった記事の内容が、そのまま記事になることが増えてきた。写真をどのように撮るかの絵コンテもできあがっている。取材はそれさえトレースしていればよく、逆に逸脱してはいけないお約束である。まるで予定調和だ。取材上の発見はそこに入る余地がまったくない。それこそ「これはルポじゃない」である。

 いつしかそんな予定調和的な記事が普通になってきた。それは広告製作の基本ではあるのだが、たしかに記事広告やタイアップ記事、あるいはそれに類した記事が多くなっていった。雑誌は「広告の器」だといわれるようになり、ルポルタージュなんてものはすっかり少数派になってきたような気もする。そんななかでグラフ誌は衰退していった。いや、最終的には雑誌自体が衰退してしまった。「広告の器」に広告は集まらなくなったのである。

 ヨーロッパで取材活動をしていくなかで、ルポルタージュという言葉をよく聞くようになった。「取材する」という日本語を英語にすると、実はあまり的確な言葉がないことに気がつく。「英辞郎」では「gather material for an article」「news gathering」「research」という訳語が出てくるが、どれもぴんとこない。

 取材先を探している段階であれば「research」なのだろうが、実際に取材に出かけたときに「research」ではちょっとずれがある気がする。そこで出てくるのがルポルタージュだ。どこの国の人も、ぼくがしていることを「ルポルタージュ」という言葉をごく普通に使う。それを聞いていつもああなるほどなあと思ったりするわけである。

 そんなとき、先輩デスクに「これはルポじゃない」と言われたことを思いだし、初心に返り、もっと粘ってみようと思うのである。とくに写真は顕著で、粘りに粘った末に撮った一枚が大きく使われることが少なくない。それは予定調和の時代であっても変わることはないことだろう。記事をつくるには愚直にこつこつ取材を積み重ねていくしかないのである。







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