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評者◆添田馨
深い見識を有した〝言葉の相場師\"―― 岡井隆詩集『注解する者』(思潮社)
No.2938 ・ 2009年10月24日




 現代詩には、いわゆる定型というものがない。短歌なら五七五七七、俳句なら五七五といった定型化された音数律が、現代詩にはもとより存在しない。だが、この問題はよくよく吟味される必要があると思う。というのも、私はそれとはまったく違った意味で、現代詩には目に映らない定型、といって悪ければ書き手の意識を縛る視えない形式性といったものが確かに遺存していると感じているからだ。
 詩に限らず文学滅亡の兆しは、まっ先にその定型部分が形骸化する事態となって現れるから、いま書かれている多くの詩作品に隠れたその症状を見分けることは、批評者にとって喫緊の課題でもあるだろう。だが、そのことが詩の豊かさに繋がっていく保証はどこにもない。滅亡を自覚して生きるとは、ある意味で、形骸化した世界から価値があるかどうかも分からない言葉の断片を拾い集めては、それにひたすら投資するという、一見空虚ではあるが実は大変に勇気と忍苦のいる“相場読み”の行為にも似ている。
 岡井隆詩集『注解する者』(思潮社)は、詩集の体裁をとっているが、そこに収められてあるのは詩というより、独自な位相を持つ異色な〈注解〉群である。万葉集の和歌や森鴎外の小説や芭蕉の『おくのほそ道』などを、岡井氏はそこでひたすら〈注解〉する。だが、描かれるのは散文的な注解そのものではなく、注解することの裏側に潜む岡井氏の純粋な思考の流れといったものだ。いわば注解することで生じる原作との時間差が、そのまま表現の根底に据えられた、まったく新しい原理に立つ作品群とも言えるだろう。「注解するものはテクストの従者であって忠実にそれにより添わないと駄目。かと言って独り語りは避けたい。質問の花を次々に咲かせてにぎやかであった方がいい。」(「鼠年最初の注解」より)――この言葉どおり、いずれの作品も語り口は軽妙かつ饒舌で、何よりも思考の自由さに溢れている。短歌形式を離れた岡井氏の詩作品として、その際立つ対照に私は一瞬面食らったが、「注解する者」とはこれほどにも深い見識を有した“言葉の相場師”のことだったのですね、岡井さん。
(詩人・批評家)







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