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評者◆小嵐九八郎
文庫化されないのかなあ――田中小実昌著『ブレーメンのわすれもの』(よるひるプロ)
No.2934 ・ 2009年09月19日




 読者の読み、編集者の狙い、俺の願いにズレが生じるのは已むを得ないとは思うけれど、どう考えても世界史上最も凄い濃密告白自伝記『我が秘密の生涯』(作者不詳)の抄訳ではなく全面訳の文庫化がなされていないのは性の歴史、従ってモラルの歴史を日本人が楽しみながら学べず、不幸だ。完訳の学芸書林版は絶版のまま、他の出版社のは端折り過ぎていて詰まらない。
 同じように、戦後の娯楽小説の全盛時代のが文庫で読めないのも無念である。違っていたらごめんなさい、五木寛之氏の『海を見ていたジョニー』がその一つだ。ベトナム戦争が激しくなり、三派全学連が結成される前後、戦争と音楽を少年の優しい目から見つめた短編である。当時、口ばかり達者な文化系サークルの諸君をデモに呼び込むのには聖書的に力を発揮した(ごめーん、編集者の調べでは新潮文庫に入っています)。野坂昭如氏の『エロ事師たち』も文庫では入手できないはず。性のニヒリズムが、日本語として最も〝しんどい〟ともいわれている河内弁を駆使して描かれている(これも、すみません、新潮文庫に収録とのこと)。
 当方が死んでなお畏怖する田中小実昌さんの場合はどうなのか。直木賞作品だった『浪曲師朝日丸の話』、『ミミのこと』は五年前に『香具師の旅』として河出文庫に収められ、嬉しかったなあ。二作品とも〝とんでもない〟話なのだが、人間の恥ずかしさ、人間の不思議さをたっぷり味わえる。「直木賞より谷崎賞の方が少し早かったのかな」と当人は言っておられたが『ポロポロ』は、なお、衝撃的で、かつ、人類にとって普遍的な話である。言語すら疑い疑い、田中小実昌さんは書いている。この文庫化の話は聞いていない。 さて、おーや、田中小実昌さんは詩を作っていたらしい。『ブレーメンのわすれもの』として「よるひるプロ」(TEL03-6765-6997)から出た。小さなパンフに、他人の飼い犬の淋しさで何かをぶつくさ言うような詩がある。絵は北村紀子さんで、田中小実昌さんの雰囲気があるような。娘さんの田中りえさんが『ブレーメンのおとしもの』として同じところから、父上みたいな易しそうでいろいろ感じさせる絵文を同時に出した。
(作家・歌人)







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