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評者◆たかとう匡子
現代短歌、現代俳句などジャンルを越えたところからの刺激的な発言(古賀忠昭の講演録『第2次未定』)・鈴木漠による笠原玉子の詩集に材を得た活字表現についての論考(『玲瓏』)
No.2932 ・ 2009年09月05日




 「第2次未定」第89号(未定俳句会)は創刊30周年記念号で「詩の現在・詩は死んだのか」を特集。稲川方人の、先般亡くなった古賀忠昭の詩を中心とした講演録を掲載している。特集は現代短歌、現代俳句などジャンルを越えたところからの刺激的な発言が多く、たいへん興味ぶかい。江田浩司は「現代詩としての未来の短歌に向けて」というユニークなタイトルのもとでの発言をしているが、私など詩の側からいうと「現代詩としての未来の短歌に向けて」という発言もまた面白い気がする。ここを「短歌としての未来の現代詩に向けて」とさかさまにして、現代詩のなかに日本の伝統言語である短歌を入れてみると、かつての「四季」派の抒情になるだろう。岡井隆は最近詩集を出したりしていて、仄聞するところによるとさまざまな批評にさらされているらしいが、自分の所属しているジャンルに対する危機意識があれば何をやってもいいのではないか。「短歌表現が遭遇している〈現在〉に見て見ぬふりをすることは、短歌の危機的状況を無自覚に先送りすることにしかならない」と江田は言うがまさにそのとおりだと思う。
 ついでながら、「ES白い炎」第17号が「異種交配」を特集しているが、ここでも先の江田浩司が短歌、俳句をゴシックにして、短歌、俳句の独特のリズムを活かし、あるいはリズムと漢字を抱き合わせにして詩を構成している。いずれにしてもボキャブラリーのひとつひとつが肉体を持って立ちあがってくるようでまさに異種交配、独自の空間を作りだしている。私などいろいろ学ばせてもらった。今後の参考にしたい。
 「玲瓏」第73号(玲瓏館)の鈴木漠「活字表現としての詩歌――笠原玉子詩集『この焼け跡の、ユメの、県』に寄せて」は、笠原の詩集に材を得て活字表現についての論を展開する。かつて折口信夫は短歌に句読点を入れたし、石川啄木の三行書き、高柳重信の四行書き俳句などもすべて活字表現のなかの実験だった。笠原のばあいも詩集のタイトルだけ見ても、わずか十文字を七、三、三と切断。読点あり、カタカナ、ひらがな、ルビ、古語ありというさまざまな表現法を十文字に溶かしこんで面白い。日本文字の持つあらゆる可能性を現代詩で実験しようとしたのではないか。私は未見なので鈴木漠をとおしてしかわからないが、一言書きとめておきたいほど刺激的な問題だと思った。
 「石榴」第10号(石榴編集室)高雄祥平の「樋口一葉から野溝七生子と尾崎翠へ**つづいて尾崎翠」は女性作家論。一葉にしても尾崎にしても父権・制度の問題があり、その壁を乗り越えるために挫折が起きたり、狂気となったりしたのではないかとしてそこを解析する。「父権・制度の〈しつけ〉という名の詭計が〈私〉の心を束縛していたから」という視点から尾崎翠の、健常者からみれば歪みといっていい、その歪みをとらえている。しかし、その歪み、ズレが「成就しない恋愛だけを志向する」といえるかどうか。私はそれほどまでも父権・制度を徹底的なものとは考えないのでいささか疑問も持ったけれども、なかなかの力作で一気に読んだ。
 「せる」第81号(グループせる)若林亨「こっこや」は二十年間焼き鳥屋をやっている店長がいてそこに常連客の三人がぽつりぽつりとやってきてとりとめもないことを話題にするが、その日をもって閉店になるという展開。舞台でいえば一幕物だが、私はふと森本薫のセリフをつぎつぎと早いテンポで重ね合わせた戯曲を思った。というのも客は関西弁で語っていて、そのせりふは「かっちゃん、またお金のことかな」、「違う」、「じゃあなに」、「猫や」、「猫」、「猫がやっかいなんや」というぐあいに徹底した短いセリフでつないでいくからだ。読み手はそのカッティングの効いたリズムに釣り込まれる。最後は少々オチに落ちすぎているが、関西弁を生かした好短編だと思う。
 今月の小説でも病気、老い、あるいは老後の問題を扱った作品が多く目についたが、間違いなく現実の切実感あふれるテーマではある。そうあるべきだと思うし当然のことで、そこをこつこつと反映しているのは大事だと思う。そのうえで、「月水金」第33号(月水金同人会)河合火骨「真夜中の霊柩車に乗る幼女」は夏むけの幻想小説、要するにお盆むけである。大型トラックに撥ねられて事故死した幼女が成仏しないまま霊柩車に乗って生の国と死の国のあいだを往ったり来たりしている。それを両親が知って、霊柩車の幼女に会って、その子はやっと成仏するのだが、母親のお腹には新しい子が宿っていることを知る。私たちはまぎれもなく生と死と向き合っており、そこに愁嘆場を作ったとすればユーモアがあり、フットワークの明るさにも魅かれた。
 話のついでにお盆むけの小説をもうひとつ。「湧水」第43号(湧水の会)大原紅子「白い花」もそういう話。スリラー仕立てになっていて殺された大学生の姉は手首を切断されていた。妹も同じ大学に入り、姉とそっくりだとうわさされていたが、男の家に行って指輪をはめていた姉の手首を見ることによって犯人がみつかる。そのかぎりではストーリー小説だが、表現が細かく、おりおりのリアリティに魅かれて全部読んだ。ラストシーンはいささか過剰であろう。
 「耳空」(「耳空」組)は二沓ようこ、毛利一枝、樋口伸子、三人の女性が渡辺玄英を通して北川透を同人にした詩の創刊号。地縁血縁を利用して偉い先生を巻き込んで(どうか叱らないでください)いい雑誌になった。その経緯がほほえましい。(詩人)







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