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評者◆徐勝
金大中大統領の最後のプレゼント――朝鮮半島は対話に向かって進み始めた
No.2932 ・ 2009年09月05日




 昨日(8月23日)、金大中前大統領の告別式があった。目のくらむような炎天のなかで、黒い喪服を着てネクタイを締め1時間半、座っていると気が遠くなり、眼前の金大中大統領の大肖像写真と重なって、波乱万丈の韓国現代史の断片が去来し、陽炎の中で現実と幻想が交錯しては消えていった。
 金大中前大統領は民主化と人権、平和と和解の使徒として、韓国のみならず、分断の壁を越えて全朝鮮民族、そして平和を愛する世界の人々に惜しまれながら世を去った。歴代韓国大統領が亡命や暗殺、投獄、自殺などで不幸な最後を迎えたが、民主主義と民族統一、平和と人権のための数々の輝ける業績を残し、韓国で唯一、ノーベル(平和)賞を受賞するなど数々の栄誉に輝き、家族に見守られながら85歳の生涯を終えたのだから大往生であると言えよう。
 しかし、李明博政権発足以後、その支持者であるニューライトを中心に金大中、盧武鉉大統領の民主政府の統治を「失われた10年」と規定し、その成果を全否定し、反共冷戦時代を髣髴させる強引な手法で前任者たちの業績、民主化の結実を消し去ることに腐心してきた。その結果もたらされた問題を韓国の3大危機――民主主義の危機、庶民経済の危機、南北問題の危機――として金大中大統領は警鐘を鳴らし、後ろ髪を引かれるように去っていった。
 その統一への一途な思いが「最後のプレゼント」として北朝鮮の弔問使節団を呼び寄せたと言われている。8月18日、金大中大統領が逝去するやいなや、北朝鮮は弔問団の派遣を通知してきた。金己男労働党秘書以下、大物弔問団は8月23日、李明博大統領と接見し、金正日委員長の口頭メッセージを伝達した。弔問団は南北交渉の使節団へと変身した。それこそが金大中大統領への最高の供養であった。もちろん30分の接見では、お互いの立場を伝達したに過ぎない。どんな展開をするかは、今後、韓国政府の対応にかかっている。
 昨年、政権発足以来、「経済大統領」を売り物にした李明博政権は、政治らしい政治を行えないまま任期の3分の1が過ぎた。そこに焦燥感を募らせ、それが「公安政局」と言われる検察と国家情報院を政権の道具とした無理な弾圧で悪循環を生み出してきた。
 昨年春、アメリカの牛肉輸入反対運動に端を発したキャンドル・デモによって、韓米自由貿易協定のみならず、土建立国の目玉であった「韓半島大運河構想」も挫折し、半年間も政権は無力化させられた。秋から世界を痛打した金融危機のなかで経済状況は悪化した。ニューライト的思考による歴史教科書の改悪と教師たちに対する締め付けは、激しい社会葛藤を生み出した。なによりも、前職大統領たちの北朝鮮との約束である、2000年6・15宣言と2007年の10・4宣言を否定し、反共一辺倒の対北朝鮮政策は、「待つことも政策」であるとして、北朝鮮の一方的屈服を要求するものであり、本質的には北朝鮮の崩壊を前提として北朝鮮を吸収しようとするものである。
 それに加えて、オバマ政権の登場によって、ブッシュ政権とは異なる大きな政策展開を期待した北朝鮮の思惑にアメリカの対応は余りにも失望的であった。業を煮やした北朝鮮は、韓国と日本の突出した妨害により機能不全に陥った6カ国協議に見切りをつけ、長距離ロケット発射(4月5日)と第2次核実験(5月25日)の強硬手段でアメリカに直接対話を迫り、朝鮮半島は大きな危機を迎えた。
 その極限で、北朝鮮は政策を一転させ「対話攻勢」へと打って出た。その間、「朝鮮半島平和体制」構築のためにオバマ政権との直接対話を求め、水面下での交渉を続けてきたが、8月4日、不法入国をした2名のテレビ記者の引き取りを契機に、ビル・クリントン前アメリカ大統領をピョンヤンに招くことに成功した。アメリカはこの訪問を「人道的措置」に限定すると言いながらも、金正日委員長のオバマ大統領宛親書が伝達されたとの話が根強く、その含意にさまざまな憶測が拡がっている。まだ、米朝交渉は綱引きを続けるだろうが、画期的変化の兆しは現れている。このクリントン訪朝は、金大中大統領の強いアドバイスが作用したと言われている。
 他方、8月10日から北朝鮮に拘束されたグループ企業社員の釈放を求めて現代グループの玄貞恩会長が訪朝し、その間、凍て付いていた南北交流事業再開の契機を作り出した。玄会長は滞在期間を5日間延長し、金正日委員長との面会を実現し、5項目の合意を引き出した。1.金剛山観光の早期再開、2.南北間の陸路往来の制限解除、3.開城観光を再開し、開城工業団地事業も活性化、4.白頭山観光の開始、5.今年の秋夕(旧盆、10月)に金剛山で離散家族の再会を実施である。これに対して、韓国政府は離散家族再会のために北朝鮮との接触を表明し、金剛山観光再開の意思もほのめかせている。
 韓国政府は、民間人を媒介した南北問題の一方的融和方針に「封官通民」(政府を排除した民間人との交渉)と警戒感を露わにしたが、弔問団の李大統領接見によって、対政府交渉の意思を確認し、北朝鮮への対応を迫られている。それに、オバマ政権の登場のときから「頭越し」を憂慮していた韓国政府にとっては、対北政策でアメリカと歩調を合わせる上で、救いの手とも言えるかもしれない。明らかに、朝鮮半島は対話に向かって進み始めた。
 振り返れば、退任後の金大中大統領は、曠野の預言者のように一人すっくと立ち、危機に警鐘を鳴らし続けてきた。2007年10月9日、北朝鮮の核実験にあっては、世界中、制裁論一色の中で、金大統領は一人、断固として「制裁ではなく対話」と叫んだ。
 5月23日の盧武鉉の悲劇的な自殺に金大中大統領は「半身が切りそがれた」ようだと衝撃を受け、「行動しない良心は悪の側」だと、李明博大統領を強く批判し、右翼から、反政府運動を扇動するものだとの非難を浴びた。韓国社会にとって、金大中大統領の死去は莫大な損失である。しかし、彼は死してもなお、韓国国民たちに統一と民主主義のために奮闘することの重大さを訴え、最後のプレゼントとして、機会と勇気を与えてくれたのだ。
(ソ・スン 立命館大学教授・立命館コリア研究センター長)







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