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評者◆高橋宏幸
深夜ドラマの先へ――松井周主宰のユニット「サンプル」の上演『通過』(三鷹芸術文化センター)
No.2930 ・ 2009年08月15日




 いま演劇で若手が成功するための場所はどこにあるのか。それは大別して二つある。一つは駒場アゴラ劇場。平田オリザが積極的に若手を支援する場所だ。そして、もう一つはアートネットワークジャパンというNPOが運営する小学校跡地などを利用した場所。この二つに共通する点は、どちらも場所を提供できることだ。それはなにも公演する場所に限らない。稽古場などを含めて、舞台を作るための環境を提供できる場所ということだ。
 それは90年代中盤以降からの演劇界全体の劇的な地殻変動と関係する。たとえば、80年代ならば、劇団の成功の見取り図として、下北沢のスズナリという劇場から紀伊國屋ホールへ、観客動員と比例するシンボルとしての劇場という図式があった。もちろん、今でも観客動員は必要だが、それよりも若手の演劇人においては、まず舞台を作るための環境を獲得することが急務となっている。
 それは大学の自治空間、より広い視野でいえば公共圏の縮減という問題とも関係する。大学が若手劇団の出立の母体となっていた頃は、その自治空間内での場所の使用ができた。卒業したメンバー以外にも、後輩がいれば稽古場を使えるなどグレーゾーンが設けられていたからだ。だからこそ、功罪が半ばするにしろ技術の受け継ぎや関係の繋がりはあった。しかし、今では自治管理の空間はほぼなくなり、大学のカリキュラム内での演劇は盛んになったものの、サークルなどを母体とする劇団などは衰退した。かつて大学という自治空間から生まれていた演劇は、もはや終焉を迎えつつあるのだ。
 だから、成功のための第一歩として、先に挙げた二つの場所に嗅覚のある若手はこぞって入ろうとする。そして、実際に表現の強度としても「いま」を映し出したものが多い。その成功の道を着実に歩き始めている存在として、平田オリザの劇団、青年団の出身であり、サンプルというユニットを主宰する松井周がいる。
 松井の舞台の特徴といえるのが、一言で言えば、人間という動物が捕らわれている空間を暴き出そうとすることである。だからこそ、彼の作品は、身近な、あくまで日常の生活空間を描くことから始まる。たとえば、近々で上演された『通過』(三鷹芸術文化センター)という作品では、結婚した夫婦と姑や義兄との家族関係が物語の中心になっている。それは何気ない日常生活のワンシーンだ。しかし、その家族は、何気ないささやかな会話を繰り返す果てに、徐々に関係がほころび壊れていく。現在の家族共同体における介護の問題がとりあげられながら、コミューン団体や不倫などが散りばめられ、その関係性が壊れていくさまが舞台では見せられる。しかし、物語が最終的な局面まで進行すると、それらの関係は実は既に壊れていたのではないか、ということに観客は気づく。関係を維持しようとしていた男が限界になり、ブタの真似をさせられて妻の不倫相手の男に犯されるとき、それは壊れていたにも関わらず、取り繕うかのような生活の維持があっただけなのではないか、ということを気づかせるのである。そこには、状況に取り囲まれた「生」の現状とでもいうべき姿が写し取られている。
 実際、舞台も四方を取り囲みながら観客が舞台を見下ろすような角度に設えてある。それは、まるで舞台という檻のなかで、繰り広げられる動物たちの光景を眺めているような印象を与える。これは昨年上演され、岸田戯曲賞の候補作となった、『家族の肖像』の舞台とも共通する。
 確かに、家族や共同体のなかにある人間関係を描くということでは、別役実の代表作の一つである『壊れた風景』や、70‐80年代に演劇で流行った吉本隆明を経由した山崎哲の作品など歴史的にもかつてあった。しかし、松井の描く世界は、それらが過ぎた後の世界を描こうとしている。壊れていく関係を見つめて、その姿を浮き彫りにするというより、既に壊れた後でそれでも続いている生活とはなにか。それを大きな視点でいえば、政治化されて捕らわれた生といってしまうこともできるかもしれない。
 かつて演劇批評家の内野儀は、60年代から80年代の演劇は、ほぼすべて私演劇のメロドラマ化する演劇であると指摘した(『メロドラマの逆襲』)。少なくとも、00年代も終わりを迎えようとしているいま、松井の作品には、それらの問題を超える要素がある。もちろん、それをイロニーとして言えば、メロドラマという昼ドラマから深夜ドラマへとやっと演劇が近づいたと言えるかもしれない。しかし、その遅れてきた演劇が、あらゆるジャンルなどに先行する瞬間は、そのような深夜ドラマという枠を越えた先にあるだろう。いわば、客席という安全圏で舞台を眺める観客に迫る、我々の生が政治的な空間に捕らわれていることを気づかせる瞬間である。松井の作る舞台にはその瞬間がある。
(舞台批評)







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