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評者◆福田信夫
吃驚するほど痛快なエッセイ(栗原雅直「馬込文士村」『丁卯』)鴎外の執念深い様相を周到に追った前之園明良の労作(『みちくさ』)捏造への怒り真っ当な批判(結城亮一「捏造された『佐藤千夜子伝』」(『季刊 春秋山形』)
No.2930 ・ 2009年08月15日




 『丁卯』25号の栗原雅直「馬込文士村」は、大田区「馬込には1923年頃から尾崎士郎・宇野千代夫妻が住み、やがて萩原朔太郎、川端康成、山本周五郎」など大勢の文士が住んだが、作者は室生犀星が疎開先の軽井沢から馬込に移った1949年から住み、また虎の門病院の精神科医として晩年の川端康成や三島由紀夫の実母などを診ているため好奇心旺盛な文人医者の眼が把えた数多のエピソードを披瀝しており、吃驚するほど痛快なエッセイ。最晩年の宇野千代や犀星の異性好みの姿がユーモラスに描かれているが、俄然面白いのは三島由紀夫についてである。まず三島のペンネームは昭和16年に決まったが、「彼自身戯れに『魅死魔幽鬼尾』とした」り、昭和27年にリオで「少年に親しんだことが最初の実体験である。」とか、川端康成の養女への結婚申し込み(唐突ゆえ本気にされなかった、と。なお、のちに作者は女婿に香男里氏を世話している)。「彼が割腹自殺をしたあと、両親とも」「自死を考えた」とか、「母である平岡倭文重さん」から「死んだ息子の姿は残し、夫の姿だけ消して欲しい」と要求されるほど息子・三島の第一の読者であり、「俗物の夫、梓を憎んでいた。」とか平岡家の様子と三島の作品のパトグラフィー(病跡学)を探り、自裁への行跡を明らめる。作者の、三島に書き続けてほしかったという思いが湧く。
 『みちくさ』2号は「特集 鴎外と藤村」である。同誌は千葉県の手賀沼の南に住む「後期高齢の男性、中年の主婦たち」14人が4年前から毎月一回読書会を行ない、漱石、鴎外、藤村、志賀直哉の小説を読み継いできたもので、今号は田辺ゆかり「無縁坂の女」、松田れい子「森鴎外雑感」、西脇久美子「元祖 草食系男子 小泉純一と岸本捨吉から見る現代青年考」が熟れた手捌きで青年鴎外を料理し、また小野文夫「『破戒』と『竹取物語』」は差別の歴史に挑み、中村克二「鴎外の『鶏』と16年前の巻頭言」は、鴎外が嫌いな理由として、その唯我独尊性や官僚的無責任体質、非人間性を挙げるも圧倒的な文学性に畏敬の念を抱いていることを会得するなど教えられたが、圧巻は前之園明良「『澀江抽齋』――俗眼でみる」である。これは江戸後期の儒医であった渋江抽斎(一八〇五~一八五八年)が「曾てわたくしと同じ道を歩いた人である」として鴎外が、二百年に及ぶ渋江一族とその周辺人物の歴史を描く執念深い様相を周到に追った労作である。
 『季刊 春秋山形』の結城亮一「捏造された『佐藤千夜子伝』」は、「1.カルピスの『初恋ソング』によるコマソン第一号 2.『波浮の港』による電気吹き込み第一号 3.『東京行進曲』による映画主題歌第一号 4.『この太陽』によるロードショウ主題歌第一号 5.『ラ・ジョコンダ』による本邦初演第一号」という佐藤千夜子(一八九七~一九六八年)の栄光の伝記『あゝ東京行進曲』を作者は30年も前に著したが、これに対して『永遠の歌姫 佐藤千夜子』(菊池清麿著、東北出版企画、二〇〇〇年)の帯にまで「誤解にもとづく千夜子の悪女伝説を覆し、真の千夜子を再発見」と書かれたことへの怒り真っ当な批判である。最後に作者は「身辺整理のため、膨大な佐藤千夜子資料を処分しつつあり(中略)あずかってくれる人も居ないので、やはりいつかは捨てるしかないだろう。」と。同誌の「明治女のアメリカ生活日記」は、大正2年から8年間、カリフォルニア州のサンタローザ市の農園で暮らした小関ゑの(一八九一~一九八八年)の丹念な日記を孫の関広子が編んだもので沢山の珍しい写真も面白い。
 『コブタン』32号(特集・鳩沢佐美夫Ⅳ)は、須田茂「鳩沢佐美夫ノート『灯』について」、須貝光夫「葬送の記(第二部)」「『若きアイヌの魂』に掲載された私宛書簡(第二回)」「哀悼・鳩沢佐美夫の母美喜」の4編で成るが、このうち須貝の前の2編は鳩沢の作品の所有(著作)権をめぐる陰惨な泥仕合がつぶさに描かれてヤリキレない。「須貝さん宛の書簡について、不審の念を抱いているから、公開した方がいいですよ。書簡は須貝さん個人のものではないですからね」と言う人間も人間だが、瓢箪鯰のような虚しさに耐えながら続刊されている「タンコブ」だらけの個人誌に頭を垂れる。
 『弦』85号の中村賢三「同人雑誌の周辺」は主に中部地方の同人誌12冊と単行本4冊を評したものだが、その丁寧な筆致に脱帽した。この中で『文宴』110号の中田重顕「反逆の牧師、宇都宮米一異聞」を知った。宇都宮は武者小路の「新しき村」に共鳴して大正7年、三重県南牟婁郡神志村に「黎明ケ丘」という理想郷を作り、翌年警察に逮捕されるが、大正時代の文壇や美術界で活躍した多くの人物との関係に惹かれる。
 『文学街』261号の遠野美地子「神の回廊」は、シルバー人材センターに求職を登録している理紗子が、共に81歳の田頭夫妻の家に呼ばれ、右の肩と胸を打撲した妻乙子の介護をすることになるが、情緒不安定になった乙子は誰をも受け付けず、医者をも拒む。ところが、ここからが理紗子の出番で「園児に接したように乙子と向き合えばいいではないか。」とお手玉や折り紙遊びを始め、万葉集や古今集、新古今集から好きな歌を選んで和綴じの本を手作りする計画を立てるまでに回復する様に感心した。「わが身をば おちこち悩ます 神経の 経巡る道ぞ 神の回廊」(乙子)
 『文芸復興』20号(通巻120号)の会田武三「卍(まんじ)」は、深川の長屋に住む貧乏で病持ちの老夫婦の雪の降る一日を淡々と描いた短い時代小説であり、妻の遺体に取りすがる場面で終わるが、妙に心に残るのは人の恩に報いる仏心のせいか?
 『農民文学』283号の木村芳夫「土の舞」は、2年前の同誌278号からの連載が6回目で完結した500枚近い長編小説であるが、スリリングな場面の連続で一気に読んだ。主人公役の男女は共に農家の跡継ぎというハンディを負うが、二人の結びつきが駈け落ちに及ぶなど家族内と家族どうしの関係が生々しく活写されるとともに金にまつわる事件や養豚とトマト栽培のどちらを選ぶかとか土地の相続の問題など農業に特有というよりも今に生きる者に普遍的な難関が次々に展開される青春小説と見た。登場人物たちの向日性に救われた。
 『酩酊船』24集の竹内和夫「野に棲む年月――高見堯の死と『酩酊船』の表札」は、去年8月に59歳で死んだ高見堯についての35年前からの作者の思いを精細に綴ったものである。作者が高見の名を知ったのは、氏の小説「貼絵の街」が『文学界』の昭和49年5月号に同人雑誌推薦作として転載された時(初出は大阪文学学校の『新文学』でチューターは松原新一)であり、それ以前に何度か『文学界』に転載された高見より14歳年上の作者は、「同じ龍野郊外の地に生まれ育ち、大阪で学生時代をすごして文学に足を踏み入れて、二十四、五歳で書いた若気の小説がともに商業文芸誌に転載され、立場はちがうが大阪文学学校にかかわって、中年にいたって帰郷した。」と高見と似通った点を書き、高見の小説集『影たち』(平成5年、境涯準備社)や第二作品集『夢痴遊庵だより』(平成9年)をつぶさに紹介しながら作者自身の来し方にも存分に浸っていて単なる追悼でない高見堯論になっている。「剛よく柔をも制す」か? なお同誌には高見の第三作品集となるべき「続 鶏骨抄――K田センセイへのFAX通信(遺稿)」(H17・10・16~12・13)が収録されている。K田センセイは金田弘。
 『雑木林』12号は去年の八月に逝去した「尾田玲子さんを追悼する」で水野みち、三木祥子、安芸宏子ほか6名が思い出を寄せている。なお、同誌の前号は北川荘平追悼号であった。 
(編集者)







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