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評者◆志村有弘
人の世の不思議な因縁を描く笹沢信(『山形文学』)苦渋の過去を回想する桜井克明(『残党』)山頭火とその妻を描いた秋間瑛子の戯曲(『京浜文学』)。研究・エッセイにも力作
No.2929 ・ 2009年08月08日




 小説では笹沢信の「君になれにし……」(山形文学第97号)が佳作。勤めを退職した春治は民俗芸能の取材をして日々を過ごしている。時間が遡行し、大学時代の恋愛、そして酒場で知り合った文学好きの朝比奈倭子との愛欲関係が綴られる。新聞に事故で朝比奈秀子という女性が怪我をし、その息子は死亡したという記事を見た。春治は秀子とは倭子のことではないか、死んだ息子はあるいは自分の子ではないかと思い、病院を訪ねることにする。作品はここで終わるのだが、人生の苦さ、人間世界の因縁を達意の文章で綴る。
 桜井克明の「夢の中から」(残党第29号)が心に残った。ペットショップから起こった火事を舞台に、大学院時代の回想を綴る。作者は夢と現実とが交錯するような手法で書いているが、かつての指導教授について「文学者である先生が政治家の仮面を被り続けているうちに、仮面が実際の顔になってしまった」と記す。指導教授に結婚の仲人を頼むと「信用のおける人間なら引き受けるが」と言って断られる。先生の葬儀のとき、車椅子に乗った女性(先生の娘)が遺影に向かって涙を流しているのを見て「先生には先生の人生があったんだ」と思う。この作品は作者がどうしても書いておきたいものであったと思う。「夢の中」とはいうものの、おそらく事実に近いことを綴ったものであろう。臍を噛む思いで生きてきた作者の無念の思いが苦く悲しい。
 会田武三の時代小説「卍」(文芸復興第120号)が、江戸の市井に生きる夫婦の短編哀話。松吉は年老いて体が思うようにならず、家には病弱な妻がいる。預かり金を受け取り、帰途、かつて自分が面倒を見たことのある由造夫婦から暖かい情けを掛けられる。だが、家では妻が死んでいた。やりきれない内容であるが、夫婦愛が美しい。
 戯曲では、秋間瑛子の「一期は夢か、ただ狂え」(京浜文学第14号)が、種田山頭火の泥酔し女に狂いながらも母の往生を願う姿を描く。作品は山頭火の母が自殺したところから始まる。やがて大学を中退し、サキノと結婚するが、結局離婚して、熊本に住み、僧となる。離婚してもあくまでも山頭火に献身的なサキノの優しさが作品に潤いを与えている。
 最近、同人雑誌掲載作品が単行本となることが多い。詩誌「花」が四十三人の同人の秀作を集め、創刊十五周年を記念して『花』を刊行した。さすがに重量感のある作品が収録されている。「九州文学」に連載した暮安翠の『青狐の賦』(九州文学社)は火野葦平の悲劇とその交友を追跡して圧巻。同じく「九州文学」に連載した麻生富久男の『残燭』も九州文学社から刊行された。特筆したいのは原石寛が連続して手製の作品集を出し続けていること。最近では文人の印象記『文苑記録集』、自選作品集『愛欲』などを手書きの作品(コピー)を綴じて出している。まさに文学に取り憑かれた一個の鬼というべきか。その原石は「文学街」第263号に、老芸者の孤独と死を「老いの花」と題して、やりきれない掌篇を書いている。
 研究・エッセイ関係に力作・労作が多かった。「竺仙曼陀羅」(東海大学 古典文学 注釈と批評第5号)は、五代目金屋竺仙(橋本謙一)に伊藤一郎・早乙女牧人がインタビューする形式。三遊亭円朝や細木香以のこと、「恩」を巡る森鴎外や芥川龍之介のことなど、示唆に富む話題が満載。エッセイでは、崎村裕が「林俊論の試み(前編)」(構想第46号)で信州の文人林俊の文学と文壇交流など詳細に追跡して力作。「コブタン」第32号は、鳩沢佐美夫の特集を組んでおり、須田茂の鳩沢の「灯」論をはじめ、須貝光夫の「哀悼・鳩沢佐美夫の母美喜」など貴重な文献を収録。橋爪博の「伊良子清白と俳句」(文宴第111号)は、清白の俳句が定型で、古典美・絵画美であることなどを指摘。「文藝軌道」第5巻第2号が、坂本良介「尾関忠雄という作家」・田中有男「伊丹万作と十三」・登芳久の連載「土岐雄三の光と影」という力作エッセイを掲載。貴重な文献となるだろう。斉田仁の「国定忠治の思考で仰ぐ枯野の空」(無頼創刊号)が、国定忠治と小林一茶を対比する異色の好エッセイ。「権力によって悪の名を付けられた忠治」という一文が注目される。
 詩では、仁科龍の「ただ ひとたびの」(鮫第117号)が、戦争に行ってマラリアにかかって脳膜炎となり、終戦の翌年「のたうち叫んで死んだ」叔父の思い出を綴る。詩人が叔父の顔を見たのは納棺前の苦悶の表情だけであったという内容。
 短歌では、伊藤蛍の「源氏物語」(歌筵第23輯)と題した、「生霊となりし六条御息所その恋かなし降る春の雪」が心に残る。
 「日田文學」が第57号で休刊となる。力のある執筆者が揃っていただけに残念である。
 「猿」第64号が今西桂子、「かばん」第303号が笹井宏、「九州文学」第528号が鷹尾稔と黒木淳吉と戸島哲男、「京浜文学」第14号が梨地四郎と福田穂兄、「日田文學」第57号が諫山秀子、「別冊關學文藝」第38号が中尾党士の追悼号。追悼号ではないが、「杭」第51号が槇晧志を偲ぶ会、「綱手」第252号が植村とよ子追悼歌を特集している。ご冥福をお祈りしたい。
(文芸評論家・八洲学園大学客員教授)







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