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評者◆丸川哲史
ウルムチ騒乱事件(09年7月)から見えてくるもの――「改革開放」が諸矛盾をつくり出した
No.2929 ・ 2009年08月08日




 七月五日にウルムチ市内で発生したウィグル人の抗議行動が治安隊と衝突し、その日二百人に近い死者(新華社通信の発表)を出したとされる事件は、その映像の生々しさからも世界に衝撃を与えた。この事件は、さらに七月七日に、今度は漢人の若者を中心とした集団的な街頭行動の中で、ウィグル人への襲撃事件にまで発展し、政府当局は三万人規模での厳戒体制に入ることとなった。この事件に関してマスメディアは、中国共産党の民族政策の失敗であるとか、元々からの民族対立を背景にした騒乱として描いている。多少の分析があったとしても、せいぜい民族間に経済的格差が発生していることを指摘するにとどまっている。総じて、主要メディアの論調や説明原理はほぼいつもの通りであり、あまり新鮮味のないものであった。
 しかし今回の事件は、実に、幾つかの点でこれまでと違った局面が出てきている。まず、今回の騒乱においてその関与が指摘されている世界ウィグル会議(WUC)は、その発足から政教分離を旨としており、これまでの宗教的な核を媒介にした反政府運動とは違った印象を持つ。WUCには、資金援助団体として「全米民主主義基金」の名前が挙がっており、そこで、中国政府批判を行うための媒介コンセプトが「宗教」から「人権」へと移動している事態が指摘できる。こういった現象は、〇一年の九・一一事件以降「反テロ」の名において、中国政府と米国政府がイスラム「原理」組織に対して共同戦線を張るようになったことを反映しているように見える。さらに現在のWUCの議長が、政治協商会議の委員にまでなっていたラビア・カーディル氏であることも象徴的である。このカーディル氏は、「改革開放」の波にのって富を築いていた人物で、九九年に中国共産党の民族政策を批判し、そのために収監・国外退去を余儀なくされた人物である。宗教的な権威性を全く帯びていない人物が代表を務めているグループが重要な役割を果たしている、また少なくともそのように見られていることは、やはり注意されるべきことである。
 この問題を考えるには、旧来の民族や宗教にかかわるアイデンティティ・ポリティクスを中心とした分析だけでは間に合わない、ということである。もちろん、中国の外に出てしまった彼・彼女たちの究極的な目標が「東トルキスタン共和国」としての「独立」にあると発言していることから言えば、主権防衛を最優先課題とする中国政府との歩み寄りの可能性は皆無であり、それは新疆ウィグル自治区内(中国内)に居続けている人々との温度差も想定することができる。台湾やチベットの独立運動のケースと同様にして、国外での活動を余儀なくされた人々は、主張としては理想主義的になりがちである。一つのジレンマは、実際にある主権国家から別の共同体国家を分離・独立させることは、経験上、ほぼ武力を用いた行動以外に成功した試しがないことである。「WUCの手法は生ぬるい」として、他のウィグル人海外組織からの批判もあるようだ。またWUC自体も、活動地盤が欧米であることからも、「テロ集団」と同一化されることを拒否しようとしているようだ。
 これまでの状況を見たところ、今回の事件は、宗教的凝集力を核とした精鋭分子による破壊活動が中心ではなく、インターネットの情報を中心にしたところで、また世俗的組織たるWUCからの呼びかけが強く印象づけられたことからも、現在ウィグル人をまとめていくのに宗教的統合力は既に力を失いかけているとも言える。
 そこで考えてみるべきは、「改革開放」という運動が中国周辺部にどのような問題をもたらしたかという問題である。先に、富豪であったカーディル氏の例を出した通り、鉱物資源の開発や貿易ルートの進展、不動産業の隆盛など、今日の新疆ウィグル自治区は、他の省以上の経済成長に恵まれている。一般の漢人から、「あれだけ中央政府に重視され、投資もされ、優遇政策も受けているのに何故だ?」という声が聞かれる。たとえば、一人っ子政策に関しても、少数民族の場合は二人まで許されており、また大学の入試にかかわっても「ゲタ」を履かせてもらっている。だがつまるところ、「改革開放」とは自由競争原理の導入なのであり、人、モノ、資金の越境的移動を積極的に許すという意味において、経済の不均等発展が結果することはほぼ止められない。自由競争原理になれば、むしろもともとの標準中国語の習慣化の度合い、国民教育の機会の不均衡がさらに深刻に作用することになり、中央政府の「少数民族優遇政策」は全く追いつけない。今回の事件の発端となった広東省韶関市の工場で発生したウィグル人工員と漢人工員の衝突事件にしても、ウィグル人労働者の「流動化」を行政主導で進めたことに起因していた。また翻って、新疆ウィグル自治区には、貧困地域出身の漢人が多く来ており、「少数民族優遇政策」を表面的に理解することからも、漢人による逆差別観が形成される。漢人側のデモに参加していた階層は、比較的新しく自治区にやってきた人々である、と聞く。
 だから、このような「改革開放」がもたらした流動化と不均等発展から生ずる問題は、中国一国の問題なのではない、極めてグローバルな問題である。逆に言うと、教育の機会や公的機関への就業において形式的には差別をして来なかった分だけ、むしろそれは鮮明に目に映る。資源開発や基幹産業などの成長セクターにおいて、多くの漢人がそこを占拠しまた富裕層へと移行し得ている現象は一目瞭然である。こういった問題は、では、どのように解決されることになるのか。一般民衆の生活水準を底上げし、また知的中間層が活躍できる場を作るための政策を進める以外にないだろう。繰り返すように、これは中国だけの問題ではなく、グローバルな問題なのだ。そこで、誰が福祉を与えるのか、誰が職場を与えるのか、という競争になる。伝統的な宗教組織か、海外に出た反政府勢力か、いずれにせよ、中央政府(共産党)も、その競争のアクターである以外にない。なぜなら、今日の諸問題の根源にある「改革開放」を推進したのは中央政府(共産党)であるのだから。
(東アジア文化論・台湾文学専攻)







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