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評者◆内堀弘
猫と苔と古本屋――田中美穂著『苔とあるく』(本体一六〇〇円・WAVE出版)をめぐって
No.2928 ・ 2009年08月01日




 某月某日。映画「私は猫ストーカー」(鈴木卓爾監督)を見ていたら、主人公の女性がアルバイトをしている小さな古本屋の主人(徳井優)、この人がとても良かった。もういい歳なのに、どこかでまだ古本屋であることにとまどっているような人。古本業者の市場に行くと、そんな人をよく見かけたものだった。
 最近、ある出版社から、古本に関する含蓄だとか小ネタを教えていただけないかという依頼があった。古本に関する検定問題を一冊にしようという企画のようで、そういえばこの数年、素敵な古本カフェやギャラリーがいくつも登場して、ちょっとした古本ブームのようでもあった。そんな人気も関係していたのかもしれないが、私はどうお断りしようかと困ってしまった。古本屋の私が見知った「小ネタ」のあれこれなど、それは含蓄というものでなく、いつまでも含羞に思われてならないからだ。
 「私は猫ストーカー」の舞台となる古本屋には、とまどいも含羞も、それがどこかに貼り付いているようだった。ちょっと素敵な古本屋とは縁遠いけれど、でも、こんなふうにしていても一日は暮れ、十年は過ぎ、そしていつの間にか消えていく。目を凝らさなければ見過ごしてしまうような古本屋の時間が、ここには映っていた。
 ふと思い出したのは『苔とあるく』(田中美穂著・07年10月刊・本体1600円・WAVE出版)で、著者は倉敷で蟲文庫という小さな古本屋を開いている。これは文字通りの苔の本で、「無いにひとしいほど」小さなものが見えはじめると、実はこんなに気になるものはないという「苔」への想いに溢れている。なるほど人の世でそれは古本屋として結実するらしい。
 苔のあれこれが書いてあるのに、彼女の文章を読んでいると、やはり見過ごしてしまいそうな古本屋の時間が見えてくる。そして、この本の最後は、著名な植物学者のこんな言葉で締めくくられる。「進化の主要な道筋からはずれた蘚苔類は、謙遜して独自のあたらしい生活環を作りはじめた」。
 そういえば『苔とあるく』のイラストを描いている浅生ハルミンは、映画「私は猫ストーカー」の原作者だ。
(古書店主)







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