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評者◆秋竜山
これは絵になる!、の巻
No.2925 ・ 2009年07月11日




 「画になる」ということ。木原武一『人生に効く漱石の言葉』(新潮選書、本体一一〇〇円)に、あった。
 〈漱石を読みつづけて、半世紀あまり。読みなおすたびに、新たな発見や感動があり、心に残る言葉があった。そういった漱石の言葉を集めて綴ったのがこの本である。〉(あとがきより)
 著者は〈再読のたびにその感動がよみがえる。〉という。それはそれでよいだろう。でも、困ってしまう。本は漱石ばかりではないから、それに再読するのなら他のまだ読んでいないものを読みたい。本を読むということは、本に時間をついやすということだ。あれも読みたし、これも読みたし、で、結局どうなってしまうのか、再読の感動やいずこに……である。でも、やっぱり漱石物は違う。漱石物は再読するに価値ありか。で、本書で。「画になる」という項目があった。本書で指摘されて「ウーン」と、うなる。日本語で美しい言葉の中にはいるのではなかろうか。枕でもある広辞苑を枕以外に使用。あったあった。〈絵になる――1.それを題材にしてよい絵が書ける。2.姿・形がその場にぴったり合っている。「彼は何をやっても絵になる。」〉と、書かれてあった。「画になる」と、いわれて怒る人はまずいないだろう。もし、怒ったとしたら、その人は、その意味を御存じないからだろう。と、いうことは、「画にならない」と、いわれたらその時こそは「画にならなくて、悪かったなァ!!」と、怒るべしだろう。その時怒らなくて、いつ怒るんだ。
 〈「それだ! それだ! それが出れば画になりますよ」と余は那美さんの肩を叩きながら小声にいった。余が胸中の画面はこの咄嗟の際に成就したのである。「草枕」(十三)〉(本書より)
 〈画工は、不思議な振舞をする宿の女将の那美さんを画に描きたいと思っているが、彼女の顔には何か物足らないことに気づく、それは「憐れ」の情が欠けていることだった。〉彼女の顔に「憐れ」の情があらわれた瞬間、画になる顔になったというわけだ。その瞬間は造ろうとして造られるものではなく、自然にあらわれたものでなくてはならないのだ。絵画芸術のむずかしさは、そこにある。「憐れ」一つをとっても待つ以外にないのである。意図してあらわす「憐れ」の表情など画家には通じないのである。モナリザの微笑とて同じであろう。もし、あのモナリザに微笑がなかったら、どのような芸術作品になっていたか、対称的なそういう作品も残してほしかった。くらべてみるたのしさが加わったであろう。〈憐れの情が出れば、「画になる」〉ということだった。そして、
 〈眉宇に出た憐れを目にして、画工が「それだ! それだ!」と叫ぶ、この一瞬に、「草枕」全編が凝縮されている。もし、画工がその時の那美さんの画を描いたとしたら、「草枕」は、その画の由来を記録する長い物語ということになるであろう。〉(本書より)
 漱石はモナリザをヒントに「草枕」を書いたのではなかろうか。なんて、ことあるわけがない。「私は、あえて絵にならないものを絵にしようと思っている」なんて、わけのわからないことをいう芸術家がいたとしたら、待ってましたといいたい。それなりに笑わせてくれるからだ。







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