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評者◆内堀弘
ビラの向こう側――封印を解いたように時代の破片が現れる
No.2924 ・ 2009年07月04日




 某月某日。「生誕百三十年・没後五十年」と銘打った荷風全集の広告を見た。古書の世界でも永井荷風はいつも人気のある作家だが、しかし荷風全集となると話は別だ。旧版の全集、つまり以前に出た荷風全集の古書価格は全二十九冊が一万円そこそこ(新刊全集二~三冊分ほど)で、それでも売れない。新しい全集の方が「ふらんす物語」も「すみだ川」もずっと面白くなっているから、というわけではない。荷風全集に限らず、古書の世界で全集の人気は下がりっぱなしだ。モノとしてのオリジナル性がないものは売れなくなっているのだ。
 この十年ほど、古書の入札会でもポスターや絵葉書がよく扱われるようになった。最近ではビラ一枚や古いメニューにも人気があって、私は全集嫌いだけど、だからといって本ではないものに走るのもどうかなと思っていた。しかし、封印を解いたように現れる時代の破片には本当に面白いものがある。
 先週の五反田の入札会に「旋律舞踊宣言」というビラが出ていた。大正十五年に開催された「第一回旋律舞踊発表会」の案内で、これを後援しているのが「劇場三科」「マヴォ」、つまり一九二〇年代の最も前衛的なグループだった。
 当時の新興芸術を紹介する図録に、長髪で半裸の男たちが不気味なポーズをとっている写真をよく見るが、あれが前衛の舞踊で、なんだか七〇年代のアンダーグランド文化によく似ている。いや、七〇年代に「前衛的」と表現されていたものが、その半世紀も前のものに似ていたのだ。
 「新しい舞踊運動はブルジョワ階級への挑戦」とするこの発表会は、出演ジナ・ルビンスキー夫人とあるが、いったい何者なのか。演出はレフ・金熈明。彼はどんな朝鮮人アーティストなのか。舞台照明は高見沢直路。彼は後の漫画家田河水泡で、このころは尖端芸術誌『マヴォ』の同人だった。繋がりを想像し、その向こう側に広がる世界を読もうとすれば、そこでの面白さは古書の世界ならではのものだ。
 ここでは荷風全集の人気はいまひとつだが、しかし一九二〇年代、荷風が通っていた銀座のカフェ・タイガーのメニューが出てくれば、きっと全集より高くなるはずだ。







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