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評者◆前田和男
第50回 情熱的主体の継承を
No.2923 ・ 2009年06月27日




 さて、「高木郁朗と社会党の巻」をしめるにあたって、最後になって、ふと危惧がわいてきた。何か書き忘れたことがあるのではないか。たしかに社会党は、高木の仕掛けにもかかわらず「体質改善」を果たせずに政権交代に失敗した。そして、その失敗の本質と原因はともにほぼ解明できた。となれば、失敗の轍をふまないよう、改めるべきは改めて次なる挑戦に生かせばよい。具体論としては、一番可能性のある民主党にそれを託せばよいということになる。しかし、果たしてそれだけで、政権交代へむけた次なる挑戦は首尾よくいくのだろうか。
 なにかがぬけている。それは「主体」である。すなわち、高木という生身の情熱的存在の意味である。たしかに失敗は改めるべきだが、失敗の連続にもめげずに孜々営々と挑戦をしてきた情熱なくしては失敗を改めることなどできるだろうか。その情熱をどう受け継ぐかが探られねばならない。
 いま振り返ってみて、失敗しても失敗しても仕掛けを繰り出す高木の情熱は尋常ではない。社会党関係者のなかには、高木を「変節漢」と悪口をいう人もいる。なるほど社会党を「社会主義革命政党」から「よりまし政権」をめざす「社会民主主義の党」へ変えることを「変節」というならそのとおりであろう。しかし失敗のたびに「しょせんは脚本家の限界」の悲哀を噛み締めながら、執拗に社会党の「変節」に挑戦しつづけたことは感動的ですらある。
 いったいこの熱情は何なのか。それの拠ってきたるところは何なのか。これを探り当て、継承していかねばならないのではないか。最後にこれを語って筆をおくことにする。
 私は「後輩」として高木を長年にわたって見知ってきたので(ほとんど遠くからではあるが)、高木の人となりを知っているつもりだ。しかし、本連載を通じて読者には高木はどんな印象を与えただろうか。わたしは、高木をときに社会党の理論と政策アドバイザー、ときに政界再編の脚本家・演出家として、その仕掛けの数々を紹介してきた。ひょっとしたら、理論・政策アドバイザーということで、いかにも学者然とした怜悧な大学教授、また政界の脚本家・演出家ということではいささか怪しげなフィクサーを想像させてしまったかもしれない。もしそうだとしたら、その責任はひたすら私の筆の拙さにある。高木はそのどちらのタイプとも百八十度異なっている。
 取材のために高木の事務所を何度も訪れたが、そこは定年退職した大学教授のオフィスというより、学生運動はなやかりし頃の寮の活動家部屋である。奥には万年布団が二つ折りにたたんである。机の上には両切りたばこの喫みさしの山と、読み散らかした資料、流しにはインスタントラーメンの食い残しがこびりついた鍋……。七十歳をはるかに超えてなお活動家暮らしが妙になじんでいることに感動を覚えながら、あいさつもそこそこにこちらが質問を発すると、高木はいつも寝不足がちで血色の悪い顔をこすりながら、とつとつと語りだすと止まるところをしらず、そして約束の時間がくると、どこかの集まりにでも呼ばれているのだろう、デイパックをひょいと担いで部屋に鍵もかけずにでていってしまう。
 いまや「絶滅危惧種」となったが、つい三十年、四十年前には、学生運動、労働運動の現場でよく見かけた活動家の日常風景である。まさに高木の情熱の源泉は昔も今もここにある。
 かつて社会党の応援団を任じていた学者たちの多くは民主党に乗り換えたが、高木は看板をかけかえた社民党にもいかず、結果として社会党の解党に殉じた。高木は民主党の結成にはかかわらなかったが、その後、個別課題で助言を求められればそれに応じている。
 社会党で果たせなかった「日本に社会民主主義勢力をつくる」という夢を高木は民主党に託しているのかもしれない。「老兵」はいまもって現役として見果てぬ夢を追い続けているかのようだ。夢を追い続けることができた理由の一つとして、高木自身は、活動のプロセスでいつも仲間がいたからだという。
 政治は理論だけではなりたたない。政治とは情熱の伝導が生み出す「技芸(アート)」でもある。だとしたら、民主党は高木的情熱を自らのエネルギーとして受け止めるべきではないのか。ところが当の民主党は、高木的な情熱を必要としていないどころか、古いものとしてうとましく思っているふしさえある。いま民主党は「政策立案・理論武装」を民間のシンクタンクに、脚本・演出は大手広告代理店(そのうちの一つは外資系)にゆだねている。いずれもこぎれいな高層ビルに快適なオフィスをもち、高木の「活動家部屋風」とは天と地の差がある。いや「見てくれ」よりも決定的な違いは、そこには高木的情熱が感じられないことだ。
 高木的情熱を継承できないかぎり、かりに民主党中心の政権交代がおきてもそれは虚しいものでしかないだろう。
 次回からは、高木とは異なる立場で社会党にかかわった二人の人物の証言を通して、「政権交代と社会党」について検証をさらに深める。
(文中敬称略)







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