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評者◆志村有弘
武野晩来、西田英樹、穂積耕の時代・歴史小説に注目――松尾靖子の「蝮の末裔」に期待感、戦時下の満蒙開拓青少年義勇隊の悲惨を綴る射場鐵太郎の力作
No.2920 ・ 2009年06月06日




 時代・歴史小説に注目すべき作品があった。武野晩来の時代小説「半兵衛」(青稲第82号)の作品の舞台は幸手。幸手には豊かな商人だけでなく、食うや食わずの生活をしている多くの人がいた。卵売りをしている清吉もその一人である。穀屋は売る米がないと言いながら、独り占めしている。清吉は医者の魯斎から、過激にならないようにと言われながら、打ち壊しの方法を教えられた。「困窮した者集まれ、半兵衛」と書いた紙が回り、五、六百人の集団が穀屋などの打ち壊しを行った。三十八人が捕縛されたが、曽我豊後守の寛大な仕置で、清吉は所払いとなり、新天地を求めて安房勝浦に行く。豊後守には、半兵衛なる人物の正体が分からずじまいに終わるのだが、作品には善意の者が多く登場して、読んだあとの爽やかさが心地好い。短編小説としてまとめてあるが、登場人物の顔ぶれを考えると、むしろ長編小説にした方がよいと思った。読ませる作品である。
 西田英樹の時代小説「雪の日の使者」(九州文学第527号)が、井伊直弼の桜田門外の変を舞台とする。彦根藩はなぜか直弼の死を秘して病気と発表した。幕府の執政が病気となると、見舞いに行かなくてはならない。直弼襲撃の犯人を出した水戸藩では、見舞いの使者として正使・副使二十人を送った。彦根藩邸で長いこと待たされる間の正使と副使の焦慮、脳裡に去来する様々な思いがよく描かれている。水戸藩の奸計に犠牲となる人たちの哀れさ。佳作である。
 穂積耕の歴史小説「水の均衡――瀬田河浚え自普請一件」(法螺第60号)は表題通り、瀬田川の川浚えをめぐって高槻藩唐崎村の庄屋周助の奔走と苦衷を綴る。公儀の高飛車な圧迫とそれに対してせめてもの抵抗を示す周助。結局は公儀から雀の涙ほどの下げ銀で川浚えをすることになる。穂積の前作「庄屋の職分」にも感じたのだが、資料が前面に出過ぎているように思う。甚蔵死去の場や周助と弥平との人情の触れ合いなど、抒情的な場面をもっと書き加えたら……と思う。しかし、良質の作品ではある。
 松尾靖子の歴史小説「蝮の末裔」(檣第28号)は、池田恒興の嫡子之助に嫁いだ斎藤義竜の娘がナレーター。と言っても、このナレーターは、由之を出産すると同時に他界しており、天界から見下ろしての進行係である。我が子由之の生い立ちから語り始め、次第に成長してゆく姿を描く。作品に登場する徳川家康、福島正則などの人物論も面白く、しっとりとした文章で綴る戦国史が今後どのように展開してゆくか見物である。
 現代小説では射場鐵太郎の「悪夢」(AMAZON第434号)が力作。作品の舞台が昭和十九年、二十一年であるから、あるいはもはや歴史小説の分野に入るのかも知れない。海老島に住む公司は学校の校長から満蒙開拓青少年義勇隊に推薦したいと言われる。両親は反対し、公司も不安を抱きながら、結局入隊する。訓練を受け、満州に渡ったものの、敗戦を迎え、炭坑で働いたりしながら、ようやく博多に引き揚げる。戦争の傷跡が随所に示される。爆撃された町の荒廃、栄養を摂れない母親が乳飲み子を死なせる。地獄の状況を目の当たりにしながら、公司は日本に帰る。やや重厚過ぎる印象がないでもないが、敗戦直後の大陸の悲惨な状況がよく描かれている。
 エッセイでは、芹沢亮輔の「小説の機能」が力作。自分をさらけ出した時点から出る評言が小気味良く、小説とは「言葉・文章による芸術」で「エンターティンメント的なもの、絵のように美しいもの、音楽のように心を揺り動かすものなどが総合して含まれたもの」と論じる。山崎行雄の「追悼・青山光二」(新人第48号)は、青山光二の誠実な人間像と幅広い文学活動を綴り、短文だが好エッセイ。菊池道人の「居場所の文学『方丈記』」(新人第48号)は『方丈記』を通して「他者と接しない居場所もあるはずだ」と論じるところに納得させられる。小沼丹と富士正晴小特集を組む「CABIN」が充実していた。小沼・富士関係論の他に津島文治旧蔵写真(高橋徹)、大正期の土師清二研究(荒木瑞子)など貴重な文献を掲載している。
 短歌では、崎井貫の「閻魔王すこし待たれよ二枚舌に娑婆の責任あり後を召されよ」(韻第9号)、相良峻の「何するもなきいち日を朝、昼、夕、飯をつくりて食べ残すなし」(同)に同感し、叔父の戦死を歌う山脇陽子の「綱手」第249号掲載の「友よしばし我を匿せよ我ここは大声あげて泣きたきところ」「我が叔父よここ摩文仁とは戦死の地六十余年を詫びて拝む」に歌人の慟哭の姿が眼前に浮かぶ。戦争の傷跡はいつまでも残る。
 俳句では木田千代の有田恭子を追悼する「笹子鳴く遺影ほほゑむ指さして」(天塚第188号)が胸をうち、浅野まことの「冬萌や六十路の夢を育てをり」(耕第253号)がさわやかである。
 「ぶりぜ」第6号が昨年死去した詩人武田隆子の特集を組み、大掛史子と山本楡美子が武田論を展開している。「AMAZON」第434号が堀巖、「天塚」第188号が有田恭子、「喜見城」第711号が大野芳子、「樹林」第529号が井上俊夫、「短歌21世紀」第135号が内海俊夫と田村八重、「短説」第279号が相生葉留実、「北斗」第555号が千葉龍、「焔」第81号が松尾直美、「未来」第686号が上野久雄の追悼号。ご冥福をお祈りしたい。
(文芸評論家・八洲学園大学客員教授)







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